光と影の邂逅

 

 影は、光がいないと存在できない。

 影は・・・
 決して表に出ることのない、秘められた存在。

 


 

「いや思ったよりダークだったな・・・」
「俺は結構好きやな。あのラスト」
「あの監督、前の作品も面白かったけど今回のも逸品だ。もっかい観たくなる」
「日本じゃ撮れないですね、ああいったものは」

 三月初旬。
 久しぶりに集まった東西名探偵と怪盗の四人組は、都内の映画館にいた。

 午後四時過ぎ。
 今年度のアカデミー作品賞に輝いたこの映画は、前評判通りで四人はそれぞれ満足げな表情だ。

 特に新一は、伏線を見事に回収していくストーリー展開が何よりも好物。
 また後日、ひとりでゆっくり二度目を観に来よう。

 そう思いつつトイレへ行っている三人を待つ間、パンフレットを購入していた。

「この後どうする まだ飯には早いよなあ」
「せやなあ・・・しかし閑散としとるな。週末やのに」

 快斗がスマートフォンをチェックしながら戻ってくる。

 週末のこの時間帯は、いつも人で溢れかえってるくらいなのに、今日は明らかに少ない。
 今全世界に広がり続けるウイルスの影響は計り知れなく、いつ終息するのかも解らない。

 だからこの四人も例に漏れず、マスクをして映画鑑賞に臨んでいた。

「大学も四月まで休講ですしね。あれ、工藤君は・・・」
「わりーわり、やっぱ買ってきた。つうか俺も行ってくる、持っててくれ」
「あ、はい」
「パンフ買ったんだ新一。後で俺にも見せてな」

 返事を待たず、窓口で買ったパンフレットの袋を探に持たせる。
 覗き込んできた快斗に『おう』と返事すると、新一は足早に劇場横のトイレへ消えていった。

 


 

「うわ、捕まってんなー・・・ 俺が時間差でトイレ行っちまったからか」

 トイレ出口から見える劇場入り口付近。
 新一を待つ平次、快斗、探の三人の周りに人だかりが出来ている。

 単体でも目立つ彼ら。
 ただでさえスタイル抜群なのに、揃って黒いマスク姿で劇場入り口に留まっているものだから、女の子達に見つからない訳がない。

 きっと最初は遠巻きに見てたんだろうけど・・・

 

 誰かが話しかけたら最後。
 あっという間に女の子達は自分も自分もと、それぞれの推しメンとの会話やツーショット撮影を成功させようとしている。

 

 ・・・こうやって端から改めて見ると、カッコイイもんな。あいつら。

 

 人気商売な所もあるから、ファンを無下にはできない。

 そうでなくとも、今このの時代。
 あり得ない部分だけを切り取られ、あっという間に『作られた事実』が拡散される時代。

 芸能人でもない自分たちが、こうして顔を知られるようになって。
 仕事の依頼も絶えないようになっているのは、有り難いことだけど・・・

 

「・・・ん

 そう考えていた時だった。
 前を歩いていた人が、トイレ出入り口に設置されていたアルコール消毒液を使っていたのに・・・

 ・・・新一がつられた。

 

 うわ、やべ・・・

 思い切りポンプを押していた。
 かなりの量のアルコールが、新一の両手を濡らす。

 時既に遅し。
 体中を駆け巡る悪寒と共に、腕全体に鳥肌が立ち・・・

 瞬間、息が止まるかと思う程の激しい動悸が襲ってきた。

「っ・・・」

 周りに気付かれないように、その場を通り過ぎる。
 ロビーの椅子に腰掛け、息が落ち着くのを待った。

 ・・・気をつけてたのに、やっちまった。

 帽子を深く被り、肩で息する。
 マスクが暑い。薄い色の付いた眼鏡が曇ってきた。

 まだ腕が熱い・・・

「おえ工藤、どないした」
「・・・服部」

 その時、平次が来た。

 なかなか帰ってこない新一を探したのか、見かけたのに戻らず椅子に座り込んだのに気付いたのか。
 明らかにおかしい様子に覗き込んでくる。

「歩けるか」
「悪い・・・先に、行っててくれ」
「聞いてスマン、歩けんくても行くで。俺が来てしもたから、お前が工藤やてバレてもうた」
「え・・・

 向こうで囲まれていたひとり。服部平次。
 熱狂的なファンに囲まれていたこの男が、突然顔色を変えてロビーへ走って行ったものだから、その視線は一斉に向く。

 するとそこには、椅子に座り込んでいた細身で帽子を目深に被った、明らかに異質なオーラをまとう人物。
 顔は隠れて見えなかったが、平次と一緒なのだから、相手は新一しかいない図式だった。

 

 ・・・実はこの四人の中で、断トツの人気を誇るのが日本警察の救世主と言われる『工藤新一』

 高校を卒業し、成人を迎えた頃からは『日本の至宝』とも比喩されることが多くなって。

 母親以上の存在感とその容姿のせいか、老若男女全範囲に熱狂的なファンが多く、犯罪すれすれの行動をしてくる輩も多い。

 でも当の本人はあまり自覚がないというか、気にしてないと言うか・・・
 これも幼い頃から、人の目の中で生きてきた環境がそうさせるのか。

 視線の中心にいることに慣れているからこその、ある意味『鈍感』な部分。
 それが新一にはあった。

「とりあえずココ出るで。外の空気も吸った方がええ」
「・・・解った」

 平次は向こうの二人に目配せし、ともあれこの場から離れる。
 快斗と探もうなずき、女の子たちを上手く撒きながら外へ出た。

 


 

「大丈夫か
「・・・もう落ち着いた」
「消毒液か。普段ならあんま使わないけど、さすがにココんとこの騒ぎもあるし、さっき俺もやってきたなあ」
「でも持ってましたよね ノンアルコール」

 映画館を出てしばらく歩き、路地裏の喫茶店に入る。
 窓際の席が空いていたからそこへ座った。

 落ち着いた店内。
 珈琲の香りと暖かな日差しが、彼らに安堵の息を付かせる。

 美味しそうなケーキが並んでいたから、ケーキセットを注文。
 新一は置かれた水をひとまず、一気に飲んだ。

「持ってる。いま鞄にも入ってる・・・ほんと、うっかりした」

 取り出したのは携帯用の消毒液。
 この症状を自覚してから持ち歩いてる、ノンアルコールのもの。

「ホンマ気いつけや お前のこれ、変な奴らに知られたら命取りやぞ」
「新一はファンも多いけど、アンチのレベルも酷いしな」
「とにかく大事に至らなくて良かった。食べ終わったら今日はもう帰りましょう、家でゆっくりした方がいい」
「心配しすぎだ。お前らのスペック高すぎて俺が霞むけど、これでも人並以上にメンタルもケンカも強いぞ」

 いやいや、強い弱いの問題じゃねえし。
 つうか誰が霞むって・・・

 相変わらずの言動に、平次、快斗、探の三人はうなだれる。

 謎や事件を解いている新一からは想像できないが、素の新一は結構な天然だ。
 基本的にメディアに出ている『工藤新一』は、求められる『工藤新一』を演じているに過ぎない。

 そして、その『素』がどれだけ貴重で目を惹く存在か、本気で解っていない。
 だからさっきの様な事態を招くのだ。

「ともかく白馬の言うとおりに帰るんや。明日は、迎えにいくし」
「そうか。警視庁だっけ
「この前の事件を解決に導いたお礼もしたいと、父が言ってたよ。あ、そうだこれ。工藤君パンフレット」
「・・・そうか預けたままだった。サンキュ」

 劇場でトイレに行く前に、探に預けていた映画のパンフレット。
 それを受け取り、自身の鞄にしまう。

 同時に珈琲コーヒーと紅茶、そして各々注文したカットケーキが運ばれてきた。
 四人は必然的に、会話を止める・・・

 彼らは外でこうして会っている時、決して声を大きくしない。
 知られて困る単語は出さない。

 いつどこで誰に聞かれているか解らない。
 盗聴、盗撮されていないとも限らない。

 有名になりすぎた彼らは、敵も多い。
 スマートフォンが普及してから動画は簡単に撮影できるようなり、それを公開することも容易に出来る時代。

 ・・・火のないところにも、煙は立つ。

 

 工藤新一が『アルコールアレルギー』という事実。
 これを知っているのは、調べてもらった医者を除けば本人と両親。そして阿笠博士と宮野志保。あとはここにいる四人だけ。

 ・・・蘭にはまだ言えてない。

 

 判明したのは半年前。
 成人してからそれなりに飲んできたし、特に具合悪くなることもなかった。

 それがある日、突然発症した。

 阿笠博士が高級ワインをもらったからと、彼の家で志保と共にワインを飲んでいた時だ。
 少し風邪気味なのもあったから、最初は悪寒がしても気がつかなかった。

 ・・・でもグラス二杯目に入った時から頭痛が酷くなり、腕に発疹が出始めた。

 博士の知り合いで信頼できる病院へ行き、調べてもらったところアルコールのアレルギーと確定。

 この症状は、遺伝による影響で先天的なアルコールを分解する酵素が無いことが原因らしいが、新一のように後天的に発症することもあるらしく。

 後天的と言っても、飲める年齢になって一年ほどしか経っていないから・・・
 気付いてなかっただけで、元々そういう性質だったのかも知れない。

 幼児化された時に飲んだ薬。
 そして元に戻るために何度も摂取してきた解毒薬の試作品と、阿笠博士が開発した『風邪を引いたときと同じ症状を出す薬』。

 アルコールを多く含んだものを『コナン』という小さな身体に入れ続けて来た新一は、明らかに許容量を超えていたのだろう。
 だから驚きもせず、納得した。

 後天的に発症する場合は、原因が不明なため治ることはないらしい。
 疲れやストレス過多で発症するとも聞かされたが、そりゃあんな経験をしてきたのだから、身体に異常が残らない方がおかしいだろう。

 それから新一は、大学の飲み会などに一切参加しなくなった。
 高木刑事や小五郎から誘われても、適当な理由を付けて断ってきた。

 最初はここにいる三人にも隠してきたが、さすがに何度も断れず理由を聞かれ・・・白状し、協力してもらってから半年。

 でも実際に症状が出た姿を見せたのは、今回が初めてだった。

 

 ・・・店員が去ると、ようやく言葉を出す。

「にしても、治らないってのは厄介だな。食べるもん、いちいち成分確かめてんの
「ちょっと食べたくらいなら少し蕁麻疹じんましんでるくらいだし。とりあえず飲むのだけ、気を付けてる」
「あれ工藤君・・・これ、ラム酒が入ってる」
「え

 探が選んだケーキは新一と同じもの。
 既に、半分くらい食べていた。

「これ入ってんだ・・・どうりでピリッとする訳だ。隠し味に、何か使ってんのかと思った」
「え、新一大丈夫
「工藤君、とにかく水飲んで水
「・・・大げさだって」

 ・・・あれ。
 頭痛が復活、してきたかな・・・

 落ち着いたと思っていたのに、右目奥の痛みが激しくなっている。
 でも、新一は微笑う。

 この三人に悟られないよう。
 心配を掛けまいと、会話を続ける。

 言ったら絶対に家まで付いてくる。
 この症状を話したときから、一人暮らしの新一を過保護なまでに心配するようになったから。

 迷惑は掛けられない。
 彼らの『弱み』になってはならない。

 ・・・もう幼い子どもの身体じゃない。
 頭脳も、見かけも・・・成人を越えたのだから、ひとりで解決するようにしなければ。

 

『君は何でもひとりで解決しようとする。もう少し、人を頼った方がいいよ』

 

 ・・・そう言えば。
 あの人、いまどこで何してんだろ・・・

 

 フォークを操る平次の指先が目に留まる。

 褐色。
 自分よりも濃い、肌の色・・・

 似た色をした人を知っている。
 あの時、自分は子どもの姿をしていて・・・何度も、命を助けられて・・・

 

『守るものがあるって事は弱みがあるって事だ・・・だから、君は危険なんだよ』

 

 黒の組織が壊滅後、自分が元の姿に戻れた時には既に姿を消していて。
 喫茶ポアロにも、もういなかった。

 幼かった自分を、ひとりの人間として扱ってくれていた。

 組織随一の洞察力を持ち、バーボンの名を与えられていた彼。
 『コナン』が『工藤新一』だと気付いたのは、いつからだったんだろう・・・

 

 あれから四年。
 警察庁警備局警備企画課『ゼロ』に所属の彼は、『存在しない組織であれ』のコードネーム通り、その所在も生死も解らない。

 今もまだあの偽名を使っているのか。
 片腕として動いていた、警視庁の公安である風見裕也にも会うことはなくなり・・・

 日常は、彼が現れる前に戻っていた。

「なんや工藤。コレ食いたいん
「え、あ、いや大丈夫」

 つい平次の指先を凝視していた新一。
 気恥ずかしくなり、温くなりかけた珈琲を口に含む。

 ・・・苦さが、頭の奥に響いた。

 


 

 外へ出ると風が冷たい。
 夕暮れ時になると、やはりこの時期まだコートは必須だ。

 四人は再びマスク姿。
 大通りに出ると、探が手を挙げた。

「なあ新一。ホントに一人で大丈夫
「いくつだと思ってんだ。蹴るぞ」
「あ。来ましたよタクシー」
「黒羽。それ以上しつこくするとホンマにキレるからやめとき」

 案の定、家まで付いてくると言い張る快斗。
 でも今日はまとめなければいけないレポートもあったし、身体からアルコールを完全になくすまでは、ひとりでいたかった。

 そんな心情を本当は快斗も解ってる。

「ごめんな快斗」
「・・・俺も明日警視庁行こっかな」
「お前はテレビの収録やろ。せいぜい愛想、振りまいてこいや」
「ほら黒羽君、さっさと離れて。では工藤君、気を付けて」

 快斗は今、マジシャンとしてメディアにも露出している。
 明日はクイズ番組の収録があるらしい。

 不満げな快斗をひっぺがし、探は新一をタクシーに乗せる。
 扉が閉まり『またな』と口を動かすと、白馬もひらひらと手を振った。

 ・・・ゆっくりと車は走り出す。

 

 あったけー・・・

 マスク効果と暖房。
 そして一人になって気が抜けたせいもあり、急激な眠気が襲ってくる。

 自宅まで二十分ってところか・・・
 今日は電車に乗る気になれなかったから、白馬がタクシーを捕まえてくれて助かった。

 西日が差すように眩しい。
 だから目を閉じようとした・・・

 その時だった。

 

「・・・風見さん

 

 流れる景色の中に、見覚えのあるシルエットを見つけた。

 


 

『守るものがあるって事は弱みがあるって事だ・・・だから、君は危険なんだよ』

 

 僕には命に代えても守らなくてはならないものがある。
 彼がそう言っていたのは、毛利小五郎が容疑者として起訴されそうになった事件の時だ。

 『守るもの』が人ではなく『日本』。
 ・・・日本を守るために、あの人は手段を選ばなかった。

 公安警察に入ったからそうなったのか。
 そうだったから、公安を目指したのか。

 『工藤新一』の姿に戻れば、もっと色んな話が出来ると思ってたけど・・・
 その時には居なくなっていた。

 彼はゼロの潜入捜査官。
 警備局企画課の同僚も、みな互いが何の任務に就いてるかを知らない。

 知っているのは、裏の理事官だけ。

 

 ・・・いまどこでこの空を見ているんだろうか。

 同じ夕焼けなのか。
 それとも日本じゃない、別の場所か。

 瞬く間に過ぎ去る風景。
 ・・・この四年も、あっという間に過ぎた。

 小さくされてた期間は一年に満たなかったけど。
 色々な事があり過ぎて、元に戻ってからの記憶の方があまりない。

「・・・そうだ晩飯。どっかで買って帰ろ」

 目に入ったコンビニの看板。

 夜は彼らとどこかで夕食をとるつもりだったから、冷蔵庫に何もない。
 食にこだわりのない新一は、料理する趣味もないから、常備してるのは飲み物くらいだった。

 米花町へ入ったタクシー。
 新一は、家近くのコンビニを指定すると、そこで降りる。

 ・・・更に冷たくなった気温に身震いした。

「んー・・・おにぎり一個でいっか」

 空腹だけど、頭痛と寒気と痒さのせいで、食欲はない。
 でも食べないと痛み止めの薬が飲めない。

 だから適当に選び、あとは暖かい珈琲飲料でも買おうとレジ前の棚へ行こうとした。

 ・・・その時だった。

 

「工藤・・・新一君・・・

 

 聞き覚えのある声が、自分の名を呼んだ。

 ゆっくりと振り向く。

 自分よりも目線が高く、自分よりも色濃い肌の男。
 深く被った帽子から零れる明るい色の髪。

 それは・・・

 

「・・・安室さん」

 

 幼い姿の頃、少しの時を共有し共に戦った公安警察の捜査官だった。

 


 

「驚いた。そう言えば家、この辺か」
「ここは・・・」
「僕の住居。今回の任務しごとは長くなりそうだから、また『探偵』でいることになったんだ」
「へー」
「うん。もうポアロでバイトはしないけどね」

 コンビニから出て、約五分。
 新一は『安室』に連れられ、とあるマンションに来た。

 一般的な、独身男性の一人暮らしを絵に描いたような部屋だ。

 ・・・物もあまり置いてない。

「ここ・・・四年前も住んでた
「いや。任務ごとに家は変わるから」
「・・・ふうん」
「まだ慣れないな。動いてる『新一君』と話すのは・・・『コナン君』だって、解ってはいるんだけど」

 出会った頃は子どもだった。
 二十以上も年下の、頭脳明晰で恐ろしく無茶をする子どもだった。

 やがて、本来はあの高校生探偵『工藤新一』と判明したものの・・・
 その事実は伏せて、彼と幾度も行動を共にした。

「そこ座ってて。飲み物、持ってくる」
「あ、うん・・・ええと」
「『安室』でいいよ。普段は全て『安室透』で通してるし・・・逆に『降谷』って呼ばれると色々面倒だから」
「解った」

 警察庁警備局警備企画課『ゼロ』に所属する降谷零。
 その任務は、全国で行われる協力者運営の管理と警視庁公安部・各道府県警察本部警備部に存在する直轄部隊への指示と教育だ。

 公安警察は、警視庁だけでなく警察庁内の他部門にも本名や所属を名乗らない。
 その全ては秘匿され、情報漏洩の危険もあるため『ゼロ』に接触できる人物は裏理事官に選ばれた『片腕』だけ。

 ・・・『片腕』は、風見さん。

「そういえば、風見さんは元気
「風見 ああ相変わらずだと思うけど・・・電話では話すけど滅多に会うことはないし」
「・・・そうなんだ」
「僕に付いている事は秘匿事項だからね」

 はい、と飲み物が入ったグラスを差し出し微笑う『安室透』
 懐かしいその顔は、四年経っても変わっていない。

 この人いま、何歳なんだっけ・・・

「結婚は してないの
「はは。こんな生活してて出来るわけないだろ それにそういう対象は作らないよ」
「・・・どうして
「足をすくわれるからさ」

 ああ、そうだ。
 この人は前からこういう表情をしてた。

 人当たりの良い笑顔。
 誰もにでも謙虚で、気が利く『安室透』としての、彼はいつも・・・

「あれ・・・」
「どうかした
「ちょ、ちょっと待って、これってお酒
「そ。頂き物なんだけど美味しいだろ 僕も最初、甘くてお酒だと思わなくて・・・って、え どうした
「・・・ごめん安室さん。俺だめなんだ、アルコール・・・水、もらっていい
「何だって

 渡されたグラスに入っていた透明な液体。
 新一はそれを、水と信じて疑わず一気に飲んだ。

 喉が渇いていたから、それはもう一気に。

 ・・・気付いた時には遅かった。

 甘い。
 そして、焼け付くように喉が反応している・・・

 ・・・これは度数もかなりキツイ。

 ぼんやりそう思ってると、安室が二リットルのペットボトル水を持ってきた。
 新しいグラスに急ぎ注ぐ。

「渡すときに言うべきだった、ごめん。とにかくこれ、たくさん飲んで。スポーツ飲料もあるからこっちもね、とにかく飲んで出して」
「・・・うん」

 新一は青白い顔をしつつ水を飲む。
 グラスを空けると、また次を注ぎ込んだ。

 三杯目を終えて深く息をつく。

「・・・この件について情報が上がってない。どういう事だ」
「安室さん・・・
「あ、いやアルコールアレルギーって事だよね。どれくらいの症状で、いつからこんな感じ

 安室が一瞬、『降谷零公安』の顔をした。
 でもすぐに戻る。

 新一はハイネックの首元を少し下げると、安室へ向けた。

「ココと腕の蕁麻疹くらいだよ・・・まあ、来る前に映画館で消毒液使っちゃったりとか・・・」
「消毒液
「いまウイルスの影響であっちこっちに置いてあるアレ。周りにつられて、つい」
「つい・・・」
「そのあと食べたケーキには、ラム酒が使われてた・・・とか。だから・・・度重なるうっかりによる過剰反応、しただけだから」
「・・・君は賢いのにバカなのか

 安室の表情が曇る。
 次の瞬間、眼鏡を外し、新一の額に手のひらを押し当てた。

 目を見開く。

 ・・・驚いた表情の次に、顔をしかめた。

「頭痛と・・・喉の調子も悪いね。顔の火照りもある」
「安室さんには隠せないか・・・」
「・・・『工藤新一』を面白く思ってない人間は結構いるんだから、気を付けないと」

 こんな状態の人間を連れ去る事くらい、誰にも容易たやすいだろう。

 素面 しらふの時は不可能に違いないが、どうにかしてアルコールを摂取させればこの状態だ。

 工藤新一に闇を暴かれた人間は多い。そして、助かった人間も。
 だからこそ、彼は標的にされる。

 ・・・その存在を、手に入れようとしてくる。

 

「ねえ安室さん・・・」
「ん
「俺の前に姿を現したのは、偶然じゃないよね」

 

 夕暮れの光が、かろうじて差し込む時間だった。
 まだ灯りの点かない部屋。

 知っている時より少し伸びた前髪。
 髪色と同様に、淡い目の色。

 ・・・口唇が静かに動いた。

 

「偶然だよ」

 

 至近距離の上目遣い。
 まだアルコールの残る虚ろな眼差し。

 眼鏡を外して解る、この威力。
 改めて『工藤新一』を直視し、安室は息を呑んだ。

 ・・・自分もそれなりの造形と思っているが、種類が違う。

 成る程。
 これは、危険だ・・・

「・・・本当に
「その疑り深い性格、変わってないね」
「酒飲ませたの・・・確認かと思って」
「わざと君に 何のために
「この半年の間に・・・似たようなこと、何度かあったから」

 日が暮れ始めると闇は早い。
 遠くから聞こえるサイレンが、近づき去って行く。

 新一は覚悟している。
 警察という職ではなく、当初の予定通り『探偵』という道に進もうと決めた時から。

 これまでに解決した事件、謎。それに関するあらゆる情報。
 それらは全てこの頭の中に入ってる。

 ・・・だから、狙われる。

 でも。
 安室透・・・いや『降谷零』の場合はきっと・・・

「これでも公安だよ。国民を命の危険にさらすことはしない」
「そうだね・・・俺の考え過ぎなのかな」

 新一が安室を見据える。
 その形の良い口唇くちびるが、ある言葉をかたどった。

 

 キョ、ウ、リョ、ク、シャ。

 

「ってのに・・・俺を誘うつもりなのかなって」
「・・・
「あ。トイレ借りるね」

 目の前の表情が止まる。
 『降谷零』から『安室透』に空気が変わる。

 ・・・だから新一は、確信した。

 


 

 部屋に戻ると、灯りが点いていた。
 安室がキッチンに立っている。

 ・・・さっきの話には触れてこない。

「いいにおい・・・」
「具合、どう
「頭痛は薬飲まないと取れないけど・・・平気」
「これ、刺激の少ない味付けにしたから食べて。薬はそのあと」

 居間のテーブルに運ばれてきたのは、パスタだ。
 この香りはセロリか

 この短時間にすごいな・・・
 新一は素直に感謝する。

「食欲ないと思うから残していいよ」
「・・・これ見たらお腹減ってきた。食べる」
「そりゃ良かった」
「安室さんの料理、久しぶり・・・」

 喫茶ポアロから安室が去ってから。
 当然ながら、彼の料理を食べることはなくなった。

 ・・・新一は彼の作る料理が好きだった。
 だから。

 その感情が素直に表に出て・・・ふわりと笑った。

「君は本当に危険だな・・・」

「色々と話したいことはあるけど、まずは食べて薬飲んで、寝ろ」
「・・・なに、急に」
「こっちのセリフだよ・・・青白い顔して何が平気だ。はい、水とポカリも置いとく。更に飲んで、出して寝ろ
「何で俺怒られてんの・・・ 食べたら帰るよ。明日も早いし」

 

 何なんだ、この子は。

 ・・・これが『素』なのか
 それとも、意識的にやってるのか

 これは俺が潜入先でよく使う手だ。

 男でも女でも・・・
 情報を聞き出す為に、相手を堕とす時に使う手法。

 

 ・・・いや違う。

 四年前も彼は使っていた。
 ただ、子どもの姿だったから気付かなかった。

 あの時から十年以上時を経た姿で現れた『工藤新一』
 ・・・それでも俺より一回りも年下の、名探偵。

 

 まったく・・・
 ・・・この俺が、見事に振り回されるとはね。

 

「何言ってんの帰らせないよ。ひとり暮らしだよね
「これくらい慣れてるから・・・ごちそうさま。あ、連絡先教えてよ。ある
「・・・しょうがないなあ。僕が君んち行くか」
「え
「明日も車で送れるしね」

 食べ終わった皿を片付けながら、安室が笑う。
 すると新一が微妙な顔してきた。

「・・・警視庁」
「ん
「明日、俺が行くの」
「あ・・・そう。でも俺を知ってる人間はいないと思うから、大丈夫」

 『降谷零』が警察庁警備局警備企画課『ゼロ』に所属している事は、警視庁では公安部の風見裕也しか知らない。
 目暮警部や高木刑事らの認識は、『ポアロでバイトをしていた私立探偵の安室透』だろう。

 会ったとしても、何の問題もない。

「それもそうか・・・」
「心配してくれたんだ。いいね、心配されるって。ありがとう」
「・・・え」
「じゃ、痛み止め飲んだら行くよ。あと食材も少し持ってくか・・・君んとこの冷蔵庫、あんまり食料入ってなさそうだし」

 そう言うと安室は、冷蔵庫からいくつか野菜と肉を取り出す。
 結構買い込んであるあたり、本当にしばらくこの家に住むつもりなのだろう。

 空のダンボールを隣の部屋から持ってくると、綺麗にしまう。
 それにしても、この量は・・・

 新一は怪訝な顔をした。

「・・・どういうこと
「君が言うから大人しくタクシーに乗せて帰らせたんだろうけど・・・やっぱり気になって、来ちゃってるんだろ 家に」

「今日の夜は冷えるしね。三人分なら鍋にしようと思って」

 ・・・さっきトイレに立った時に、開いたスマートフォン。
 そこに、服部、白馬、快斗からのメッセージがあった。

『工藤、どこほっつき歩いとるん これ見たら電話せえ
『工藤君どうかしましたか まだ家に着いてないんですか
『どこ行ってんだよ新一 どっかで倒れてんじゃないよな

 電話アイコンにも二桁の赤バッジの表示。
 ほぼ全て、この三人。

 だから新一は、家に帰ろうとしていた。

 ん ちょっと待て。

 何で、安室さんが・・・
 タクシーとか乗せたとか、知ってるんだ・・・

「・・・風見さんか」
「あいつは優秀だ。なのに、君のアレルギーに付いての報告はなかった・・・」
テロの時、盗聴アプリ入れられたからね。さすがに対策してたよ・・・今は家も事務所にも、盗聴防止装置を入れてる。ま、この部屋にも付いてんだろうけど」
「まったく・・・君が『コナン君』だと知ったら、寝込むだろうな風見は」

 ここ数週間。
 奇妙な気配を、感じていた。

 変質者とか、週刊誌の記者とか、そういう類いとは違う異質な気配。
 見張られてるのに、守られているような・・・

 公安捜査官が『協力者』を選定する時、大半は監視対象の情報を得るためにカネや情で籠絡ろうらくし、時間を掛け弱みを徹底的に調べ上げて脅す手法をとる。

 つまり『スパイ』として利用するからだ。
 でも。

 あの事件の時に、風見さんの『協力者』として関わっていたあの人を知っている。
 スパイには違いないだろうけど・・・もっと違う『何か』を感じた。

 ・・・俺に頼もうとしてるのも、もしかして。

「安室さん・・・」
「そうだね、ここで話すよ。君の予想通り、『協力者』になってもらいたいと思ってる」
「・・・」
「裏の理事官には了承を得ている・・・僕に、力を貸してくれないか

 部屋を出ようとして、靴を履いたその時だった。
 安室が部屋の灯りを消し、本来の闇が二人を包む。

 街灯の僅かな光。
 映し出された、影。

 そこに・・・

 静かな声が、響いた。

 

「・・・いいよ」

 

 そこで会話は一度止まる。

 扉を開け、鍵を閉める。
 強くなってきた風が、二人の髪を揺らす。

 そのまま数分。

 

 ・・・地下の駐車場まで、沈黙は続いた。

 


 

 公安警察が獲得する『協力者』。
 その多くは、対象団体に属する人間や近しい者に対して行われる。

 しかし今回、公安警察が新一を『協力者』にと指示した理由は他にあった。

 彼の持つ探偵としての素質。情報力。認知度。
 そして行動力。

 何より他を惹きつけて止まない、唯一無二の存在感。

 

 ・・・なくしてはならない。
 あらゆる危険から、守らなければならない。

 『工藤新一』は、国内外から秘密裏に狙われている。
 既に、数多くの人間が一般人を装って接触してきている。

 ・・・君は『日本の未来』だ。

 俺は・・・

 君を。
 『日本』を守る任務を、遂行する。

 

「あ、うん。もうすぐ着くから・・・家の前で待っててくれ、それじゃ」

 安室の車から、新一は平次に電話を掛けた。
 案の定、スマートフォンの向こうから三人分の大声が聞こえてくる。

 とにかく無事を伝え、電話を切る。
 時刻は十九時を過ぎていた。

「頭痛は治まった
「・・・大丈夫」

 流れる景色に視線を移す。
 安室の家からは・・・車で五分というところか。

 思った以上に近くて笑ってしまった。

「え、何だい
「だって近すぎだろ。わざわざ車で送ってもらう距離じゃないよ」
「この荷物ダンボールがなかったら歩いても良かったんだけどね・・・」
「あ・・・まあ確かに」

 四年前と変わらない安室の車。
 いわゆるスポーツカーで、一緒に居たとき何度か壊れていた筈なのに・・・

 こうして、変わらず綺麗に乗っているのに感心する。

「好きなんだね、この車」
「これくらいしか趣味もないし。気晴らしに良く乗ってるよ」
「ふーん・・・そういや母さんも好きだったな。こういうスピード系」
「工藤君は 免許はあるよね」
「俺は
「へえ、似合うな」

 やがて工藤邸。
 新一が降りて、ガレージの扉を開けた。

 の隣に一台分、スペースが空いている。

「あとは、後ろの扉から中に入れるから・・・俺ちょっと、玄関行ってくる」
「了解」

 荷物は安室に任せ、新一は待っているはずの三人の元へ急ぐ。
 難なく車庫入れを済ませると、安室はダンボールを抱え奥にある家直結の出入り口へ進んだ。

 


 

「あああ新一 いたー
「ちょ、ちょっと快斗、近所迷惑・・・」
「アホ どこほっつき歩いとんったんや
「詳しくは入ってから、話す」
「・・・あれ。いまガレージから来たみたいですが」
「その件も話すから、とにかく中に入ってくれ・・・」

 自分の都合でひとり帰ってきたが、寄り道もしてから、余計に心配かけてしまった。
 風も更に冷たく吹いている。

「あ。ずっと外で待ってた訳やないから、そこは気にせんでええで」
「え
「うん。隣の博士んちに行ってた」
「あそこなら、工藤君が帰ってきたら灯りが点くの見えますし」
「・・・なるほど」

 それで連絡が来たから、玄関前に移動したのか。

 良かった。
 新一は少し、表情を緩める。

 急ぎ鍵を開けて中へ。
 すると、いきなり長身の男が立っていたから三人は驚いた。

「え、泥棒
「大丈夫だ。この人は安室さん」
「アムロサン
「こんばんは」
「・・・あんた確か」
「前にポアロで会ってたね。久しぶり、西の探偵君」

 工藤邸のガレージは、直接この玄関へ繋がっている。
 安室は運んできた荷物を抱えたまま、靴を脱ぎ中へ入った。

 新一も三人を中へ促す。

「説明はまとめてするから。とにかく、あがれ」
「あの人・・・この家に慣れてるみたいだけど、何で 初めてだよな
「え あ、だってキッチンの場所なんて、どこの家でも想像つくんじゃね
「・・・どうしてキッチンに
「ったくお前ら・・・だから説明するって言ってるだろ さっさとリビング集まれ

 過去に、赤井秀一が沖矢昴として住んでいた時。
 忍び込んだ『降谷零』が彼と対峙したときがあった。

 たぶん、その時にこの家の間取りも調査済みだろう。

 ・・・それにしても、すぐに疑問を見つけてしまうのは彼らの悪い癖だ。
 やれやれと息をつきながらも、相変わらずで新一は微笑わらった。

 


 

「お待たせ。新一君はもう夕食済ませてるから、これ君たちの分ね」
「すごい・・・美味そう」
「この人、料理プロ級だから美味いぞ」
「ポアロん時のハムサンドも絶品やったなあ」
「ありがとうございます。いただきます」

 しばらくして安室が彼らを呼んだ。

 一体型ダイニングキッチン。
 備え付けられている椅子が四つあり、新一はそこへ三人を促す。

 目の前には鍋。
 野菜や肉など季節の食材が、湯気を立てていた。

「俺ちょっと、やることあるから部屋行ってる」
「後で俺たちも手伝うからな」

 元気そうな新一を見て、三人は本当にほっとしていた。
 一因はこの『アムロサン』なのだろう。

 どうして一緒だったのか。
 どんな関係で、彼らの間に何があったのか。

 ・・・さっき軽く説明されたけど、それだけじゃない『何か』が二人の間に生まれているのは確かだった。

 でも。
 今はまず、目の前の食事を楽しむことにした三人。

 新一を待っている間は食事する気にならなかったが、安心した今、かなりの空腹だ。
 安室は一人ひとりに取り皿を渡すと、箸を渡した。

 


 

「へえ。四年前も米花町にいたんだ」
「そうだよ。毛利先生の助手をしながら、ポアロでバイトしてたんだ」
「・・・どうみてもあのオッサンより頭良さそうだけど、助手

 食後、十九時過ぎ。
 平次と白馬は新一を手伝うため、二階へ行った。

 ・・・快斗は、食器を洗う安室をじっと見ている。

「買いかぶりすぎだよ」
「そうかなあ・・・」
「快斗君。わざとかな いま新一君の空気出してるみたいだけど」

「僕も探偵だから、それなりの変装は出来るんだけどね・・・師匠としてた人の技が高度で。君と似てるんだ」

 視線を合わせてきた安室。
 その笑顔の裏に、快斗は得体の知れないものを感じる。

「え・・・」
「その人の変装術はね。姿形はもちろん・・・変声機なしで声色を変えられたんだ。君もそうだろ
「あんた・・・一体誰だ・・・

 快斗の表情が戻る。
 安室は、尚も笑顔を崩さない。

 ・・・冷蔵庫からグラスを四つ取り出すと、何か白いものをよそい、スプーンと一緒にトレイに乗せた。

「はい、デザートアイス。上で皆で食べて」
「・・・おい」
「それにしても本当に同じパーツしてるんだね。だからこそ、助かったことも多いんだな。新一君は」

「ほらほら。溶けるから急いで」

 思うところがある快斗を二階へ促し、安室は片付けの続きに戻る。
 そして、笑った。

 

 ・・・懐かしいなあ。

 バーボンの頃。
 教えてもらった、変装術。

 あれは初代怪盗キッドの黒羽盗一から、ベルモットが女優として動いている時に習得したもの・・・

 息子である黒羽快斗と技術が似ているのは当然だ。
 怪盗になった経緯など、その辺は四年前に調べが付いてる。

 ・・・まさかあの組織と、彼が繋がるなんて。
 そして。

 みんな、新一君のために一生懸命だ・・・

 

「仲間か・・・」

 頭に浮かぶのは、旧友。
 懐かしい記憶。

 ・・・あの四人を見ていると、警察学校時代を思い出す。

「さて、どういう設定で動こうかな・・・」

 工藤新一を協力者として獲得することに成功。
 そう裏理事官には、報告済み。

 今回は自身の所属を明かしているケースだから、任務はかなり、やりやすい。
 となると・・・

「近くに居て不自然じゃない場所。決まりだ」

 筋書きは出来た。
 安室はキッチンの片付けを終えると、今度は珈琲を入れるために豆を挽き始めた。

 


 

 俺は思うんだ。

 『協力者』は、単なる情報屋じゃない。
 職業的正義や倫理を超えて、命を共有する関係。

 ・・・登山の時、互いの命綱で繋がれた『パートナー』の様なものだって。

 

「はあ
「工藤、どないした」
「いや・・・ちょっと下行ってくる」
「新一、誰からの
「とにかく行ってくる
「・・・どうやらアルコールは抜けたみただな。良かった」
「白馬お前って、ほんといつでも冷静だな・・・」

 その頃。
 二階で新一の手伝いをしていた彼ら。

 唐突に声を上げ、誰からか届いたメッセージを見た新一が、血相を変え部屋を飛び出して行った。

 ・・・激しい足音が聞こえてくる。

「安室さん
「新一君。危ないから階段駆け下りるのやめようね」
「そんな事より、これどう言うことだよ
「そういう事だよ。宜しくね、工藤所長」
「・・・な・・・」

『明日から、君の探偵事務所で安室透が働く事になったから宜しくね』

「本人に許可無く何言ってんだ・・・
「起業した事務所、ひとりだろ 僕がいると便利だと思うなあ・・・優秀な私立探偵だし、捜査に必要な技術も、いろいろ持ち合わせてるし・・・何より普通なら知り得ない情報も聞けるかもしれないし
「いや、だから」
「何よりボディーガードとしても優秀。おまけに風見もついてくる」
「・・・え

 そのとき新一は悟った。

 彼は公安だ。
 意味のない行動は、しない。

 『協力者』を要請してきた本当の理由は・・・俺自身

 

 ・・・何から、俺を守るって言うんだ・・・

 

「はい珈琲。もう終わりそう
「あ・・・うん。あと少し」
「風呂もいれておくから。順番に入ると良いよ」
「・・・安室さん」
「ん

 三つ分の珈琲とひとつの紅茶。
 トレイに乗せ、新一に渡す。

 

 ・・・身長差もあり、うつむかれて彼の表情は見えない。

 

 小さく呼ばれた名前。
 安室が、少し覗き込む。

 すると。

 

「何でもない・・・それより、今日は本当に・・・ありがとう」

 

 ・・・あの時以上の柔らかい笑顔を、見せてきた。

 


 

 影は、光がいないと存在できない。

 影は・・・
 決して表に出ることのない、秘められた存在。

 だから守る。

 君を。
 君たちの、未来を。

 

 ・・・これはそのための邂逅なのだから。

 

 

[了]

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