traveling

 

「いやー晴れたね 旅行日和って感じ
「・・・お前荷物それだけか」
「つうか新一こそ何ソレ。たかだか一週間の旅行よ 持ちすぎじゃね
「そうかな。イタリアは別荘ねえからイマイチ加減解らねえんだよ」

 成田空港。二月某日。
 良く似た雰囲気を持つ青年二人は、総合ロビーの椅子に座っていた。

 スッキリとした黒髪の方が工藤新一。
 日本屈指の名探偵で、学生である現在も警察関係者から絶大な信頼を得ている人物。

 片や茶色い髪をふわふわさせているのは黒羽快斗。
 高い知能指数を備えた彼は日本一の大学に通いながら、こっそり怪盗家業を営む裏の顔を持っている。

「白馬は現地集合って言ってたっけ」
「そ。ムカツクよなあ、おぼっちゃんは。フランスから直接行くってさ」
「エコノミーで行くの耐えられねーだけじゃねえの
「ビジネス慣れしてっからな・・・ちっさい頃から自家用機で贅沢してんだよ」
「服部もおぼっちゃんだけど、エコノミーしか乗ったことねえってよ」

 買ってきた缶珈琲を飲みながら、二人はこの場に居ない人物で語り合う。
 最初に出てきた白馬とは白馬探と言い、父親を警視総監に持つ正真正銘の御曹司。

 母親がまた世界を渡り歩いている人らしく、その度にホテルに住むのもなんだからと世界各国に別宅を持っているらしい。

 探も生まれが日本というだけで、後はイギリスで暮らしていたと言う。
 しかし突然一七歳の時に東京の高校へ転入して来た。

 ・・・その時に同級生だった快斗と知り合い、以来腐れ縁で現在まで続いているのだ。

 もう一人が服部平次。
 新一と同じく高校生の頃から関西方面でその名を馳せていた彼。

 現在は東京の大学へ進学した為、都内でひとり暮らしをしている。
 勿論、とある事件で知り合いになった新一とは今も一番仲のいい友人だ。

 

 探と快斗。
 新一と、平次。

 同じ時代の、同じ年に生まれた彼等。
 この二人を繋がらせたのは、新一と探だ。

 警視庁などで何度か顔を合わせている内に親しくなり、新一が大学祭に探を呼んだ時に物語は始まった。

 ・・・新一が平次を呼び、探が快斗を連れて来た。
 その時の感覚は、まさに『運命』と言えるだろう。

 今回、この四人で『どっか旅行に行こう』と言い出したのは快斗だ。

 大学も落ち着いている時期だし、何より自分が結構暇なのがこの二月だった。
 それで四人が揃って検討した結果、イタリアに決定。

 他に候補としてスイスやエジプト等も上げられたが、結局決め手に欠けたのでアミダくじで決めたのがそこだった訳である。

 そうして本日出発日。
 家庭の都合で一足先にヨーロッパに飛んでいる探は、現地で落ち合う。

 ・・・だから残るは服部平次を待つのみであった。

「しっかし何やってんだ服部 集合時間過ぎてるっつーの」
「確かに。俺達待たせるなんて良い度胸だ」

 現在の時刻は午前十一時五分。
 待ち合わせの時間は、十一時きっかり。

 新一は腕時計を覗いて後ろを見渡す。

「まあ広いっちゃー広いけどな空港・・・あ」
「ん
「言ってるうちに鳴ってた。服部から電話」
「まさか迷ってんじゃねえよなあ、コドモじゃあるまいし」
「おう服部 お前どこにいんだよ・・・は だよ、じゃねえよ 早く来いっつの

 という訳で。
 ありがちなイントネーションの聞き間違いで、待ち合わせの場所を聞き間違えていた平次。

「すまんスマン
「服部、荷物それだけ
「へ こんなもんやろ」
「俺だけ大旅行みたいじゃねえかよ。お前らオカシイよ」
「ちっげーよ。新一のスーツケースがオオゲサなだけ」
「うるせえなさっきから しょーがねえだろ これしか無いんだから

 平次は何と、スポーツバックひとつで現れた。
 幾らなんでも海外旅行にそれか と快斗は思うが、自分も量的には同じくらいのスーツケースだ。

 新一はと言うと、どうみても二週間程度用の大きいケースで。
 はたから見るとこの三人が同じ旅行先に行くとは思えない。

 ・・・まあ、今まで旅行と言えば別荘のあるハワイやロンドンで。
 ロスは両親も現在住んでいる場所だったから、いつも小さいショルダーひとつで事は足りていたからしょうがあるまい。

「まあええやん。大は小を兼ねるっちゅうし、土産ぎょーさん買うて帰ったらええ」
「別に慰めてくれなくても結構だ」
「取りあえず手続きして来ようぜ 早く身軽になりたい」
「それもそうだな」

 快斗が立ち上がり飲み終わった缶を捨てる。
 後の二人もそれに続くと、カウンターへと手続きに向かった。

 


 

「何時間だったっけ」
「十二時間くらい。まあヒースローで乗り継ぎが有るから、それ以上か」
「先は長いなー」
「せやけど結構空いとるし、ベルト着用サイン消えたら即効空きシートに移ろ・・・・お前等はともかく俺は身体がもたへんわ」
「はいはい。そうでしょうとも」

 十二時発のロンドン・ヒースロー空港行き。
 三人は定刻通り離陸したそれに乗り、まさに上昇している最中。

 ヴァージン・エアラインのこの飛行機は、座席が二列・三列・二列となっている。
 勿論エコノミーの配置だ。

 現在は指定席通りに座っているが、この便は意外に空いているらしく、ちらほらとシートが空いているのが見えた。

 飛行機は電車と違い、一度飛び立ったら途中停車がない。
 だから離陸してしまえば空いている席に自由に移れるのが利点だ。

 前方に設けられてるビジネスと違い、エコノミーは本当に狭い。
 これならば電車の特急席の方がよっぽど余裕。

 1そこそこの快斗や新一にも辛いものがあるのに、近い平次にとってこの狭さは拷問でしか無く。

 更に十二時間以上も拘束されるとなれば余計に気が滅入る。
 平次は満席じゃない事を、心の底から喜んだ。

「そんなに嫌だったらビジネス行けば良かったじゃねえか」
「アホ抜かせ、なんぼする思とんねん 必死にバイトして金貯めてきたの、往復運賃だけでパアにしとうないわ」
「悪かったな・・・どうせ俺は親のスネカジリだよ」

 三列席の向かって左に平次。
 真ん中に新一ときて右に快斗が座っていた。

 しきりに周りを見渡しながら空席をチェックしている平次に新一が呟くと、嫌味ったらしい言葉が返ってきた。

 飛行機のエコノミーとビジネスには本当に天地の差が有る。
 確かに憧れるが、五倍六倍もの航空代を自費で払うくらいなら、その分他の事に使った方が余程有意義だ。

 まあ、こう言うのは価値観の違いだとは思うが・・・・
 すると良いタイミングで快斗が入って来た。

「新一んトコの両親は可愛い息子にバイトなんかさせてくれないんだよねー つうか新一だと有名過ぎて、雇う方も気い使いそうだけど」
「・・・」
「あ。別にこれは嫌味じゃねえからな
「まあなあ。色々あったし、親父さん達が工藤に過保護になるんはしゃあないわな。スマン言い過ぎた」
「いいよ別に」

 素直に失言を平次は詫びる。
 放任主義だった新一の両親は、あの事件があってからやたらと息子に構うようになった。

 高校を卒業した時点で無理矢理ロスへ連れて帰ろうとしたのだが、それを頑なに新一が拒んだ。

 その理由は、未だに平次にも解っていない。
 ただ幼馴染の女の子だけが原因では無いらしいのだが、あるとき聞こうとしたら・・・

 やんわりとかわされてしまった。

「お、雲の上に来たぜ。さっすが空は天気が良いよな」
「当たり前やん・・・どんなに地上が雷雨だろうが雲の上は絶対晴れやぞ」

 新一が視線を移して素っ頓狂な事を呟く。
 こんな時は決まって話題を変えたがっているので、快斗も平次もそれに従う事にしていた。

 やがてベルト着用サインが消える。
 キャビンアテンダントが一斉に動き出し、サービスの準備を始めた。

 すると他の乗客たちも一斉に動き出す。

「よっしゃ そんじゃー俺は後ろの列に移るで」
「おー」
「新一どうする ココ狭くない
「俺は慣れてるし。半日くらいどーってことねえや」
「じゃあ俺もこのままー」

 直ぐ後ろが三席まるまる空いていたので、平次は即効荷物を置いて席を確保する。
 新一はそのまま自分の席で寛ぎ始めたので、快斗も移動しない事にした。

 正直言って狭いのは大嫌いなのだが、新一が一緒となれば話は別。

 それに三席のうちの一席が空いたと言うことは、意外に快適に過ごせる。
 座席の間の肘掛を上げれば足も乗せれるから、少しは楽になるのだ。

 平次はとっくに二つの肘掛を上げ、長い足を投げ出し三席を堂々と占めていた。

 ざっと見渡すと搭乗率はくらいだろうか
 平次と同じ事を考えている人達が我先にと空席に移り、思い思いの位置に落ち着いている。

 やがて飲み物のサービスが始まった。
 喉が渇いていた新一は取りあえず水。快斗はオレンジジュース。

 そして平次は『やっぱこれやな』とすきっ腹にビールを頼んでいた。

 

 そんなこんなで始まった海外旅行。
 目指す先は、イタリア。

 快斗がなるべく安く済む様にと選んだコースだったので、まずはロンドン、ヒースロー空港。
 その後乗り継ぎでローマへ向かう。

 

 四泊六日の短くも長くも無い旅。

 しかし。
 何事もなく終わった試しがない、彼等の旅。

 

 ・・・最初の事件はヒースロー空港で起こった。

 


 

「思ったより眠れたな。新一は
「まあ三時間は寝られたな。あとは、映画観てた」
「俺は殆ど寝とった・・・メシ食い逃しとる」

 そうして現地は夕刻の、ロンドン。
 ここは乗り継ぎであるヒースロー空港。

 世界で最も混んでいる空港と言われるこの場所は、本当に色々な国の人達が所せましと行き来している。

「んで ローマに行く飛行機はいつ出るんやったっけ」
「一九時発だけど・・・なんか、天候悪くて予定通り飛ぶか解んねえみたいだ」
「どゆこと
「雪。窓の外すげえぞ。午後から大雪で、欠航も多いってアナウンスしてる」
「そうなん

 トイレに行っていた快斗と平次。
 空港の中程にあるシーティング・エリアで、上方に設置してある搭乗案内ビジョンを見ていた新一の元へ戻って来た。

 言われ、彼らも同じ方向を見る。

「ホントだ。止まってんのも多いな」
「とにかく一八時過ぎになりゃ、どうなるか解っだろ。服部、スタバで珈琲買って来て」
「何で俺やねん」
「俺はねー マキがいいなー。キャラメル・マキアート」
「お前らなあ・・・」

 快斗が新一の隣に座った。
 空いていたから、平次も座ろうとする。

 が、そこを新一に『にっこり』微笑ほほえまれる。

 ・・・『頼み事』というフレーズに『めいれい』のルビを付けて。

 もちろん便乗するのは快斗。
 平次はこういう場合、ああだこーだ言ってもしょうがないのが解っている。

 だから。

『へいへい』と大人しくお使いに行った。

 


 

「戻ってこねえなあ・・・」
「確かに遅いな」
「いくら並んでるっつっても、十分もありゃ買えるよな」
「買えるな」

 平次が視界から居なくなって三十分ほど経った。
 人混みは相変わらず・・・というか、ますます増えた様な気もする。

 まさか俺達を見逃したりしねえだろう、とは思いつつも嫌な予感がした新一。
 小さく息を付いて、立ち上がった。

「ちょっと見てくる」
「解った」
「居ない間に来たら携帯鳴らしてくれ」
「おっけー」

 彼らはワールドウォーカーを申し込んで来ている。
 だから、日本で使っている携帯電話と同じ番号で連絡を取り合えた。

 それにしても新一に手間掛けさせるなんて・・・
 後で見てやがれ服部のヤロウ。

 そんな事を考えているとは思えないぐらいの笑顔で、快斗は新一に手を振る。
 次に、渇いた喉を潤す為にポケットから飴玉を取り出して口に放り込んだ。

 


 

「えーと・・・あれ、並んでねえじゃん」

 溢れかえる人並みに比例して、飲み物を買う列も長くなっていたスターバックス。
 けれどもその中に平次の姿は無かった。

 まさか迷っているとも思えないが、一応このエリアをぐるりと周ってみる。

 しかしやはり平次は居なかった。
 しょうがないので、いったん快斗の元に戻る。

「あれ、服部は
「やっぱり帰ってきてないのか」
「いねえの
「ああ。一応周りもぐるっと探したけど、どこにも」
「電話は してみた

 新一が『そうか。』という意味で手をポンと叩く。
 しかし、いくら待っても呼び出し音が鳴り響くばかり。

 閉じて快斗に向いた。

「・・・どう思う
「どっかのオンナにお持ち帰りされたとか」
「有りえる話だ。けど」
「ああ・・・だとしても、俺らの珈琲くらい置いてから行くよなあ、アイツの性格じゃ」

 服部平次は国籍・性別・年齢問わずモテる。
 大学に進んで背も伸び体格も変わり、剣道では相変わらず名を馳せ。

 加えて探偵としても力を発揮している彼は、今や全国的な有名人。
 ・・・だから、あの列に並んでいる最中に声を掛けられる可能性は十分に有り得た。

 新一は考える。

「服部の好みってどんなだっけ」
「頭のキレる美人。更に、会話のキャッチボールが絶妙なヤツって言ってたかな」
「んなオンナいるのか」
「だから誰とも長く続かないんじゃん
「とにかく、飛行機は予定通り飛ぶか解んねえし、あと三十分して戻って来なかったら本気で探すしかねえな」

 今は十八時三十分を過ぎた所だ。
 当初の予定では十九時過ぎに離陸だったが、この調子なら飛んでも二十時は過ぎるだろう。

 新一は、未だ自分達の乗る便の搭乗案内の出ない画面を見て考える。
 考えつつ自分の唇が乾いているのに気づいて『そーいや』と立ち上がった。

「喉渇いてんだった。もっかい見てくるついでに買ってくる」
「今度は俺が行く。新一、座っててよ」
「お前ポンド持ってないだろ。この空港な、ユーロ使っても釣りはポンドなんだ。勿体ねえから」
「マジで

 そうなのだ。
 今回の旅行ではイタリアが目的だったから、ポンドに換金はして来なかった。

 日本円でもユーロでも使える事は使えるのだが、お釣りがポンドになってしまう。

 イギリスに降りるのならばそれで良いのだが、今回の彼らの旅行では必要ない。
 新一は別荘がロンドンにもある関係で来ることも多いから、ポンドは常備していた。

「ああ。行って来る」
「悪いな。宜しく」
「おう」

 そうして再びスターバックスへ。
 一応周りの人波に注意をしながら、新一はひらひらと手を振ってその場を離れた。

 


 

「いねえとはどういうこった・・・」

 新一は空港内を歩き続けていた。
 狭くは決してない場所を、二回三回ぐるぐると。

 いい加減、疲れてきた。

 探し続けて三十分。
 快斗から連絡が来ないから、まだ自分達の乗る便の掲示は出ていない筈。

 新一は腕時計を確認した。

「まさか迷子じゃねえよな」

 でもその線は薄い。
 土地勘は人一倍ある男だし、何より英語は自分同様に流暢なのだ。

 言葉が解る分、迷うことはあるまい。
 だとすると本当に何らかの事件に巻き込まれた・・・・

「おいおいおい。こんなトコまで来て面倒なのは御免だっつーの」

 心配しているのか、していないのか。
 新一は深く息を付きながら傍の椅子に腰を下ろした。

 そうして暫し、行き交う人波に目をやり、大きく息を付いた。

「はあ・・・」

 再び携帯を取り出し、ダイヤルしかけた新一。
 すると視界に小さい頭が入り込んできた。

 黒目に黒い髪。日本人の女の子だ。
 今にも泣きそうな顔で、新一を見上げている。

「ど、どうした
「・・・」
「ん
「パパ・・・ママ、いない・・・っ・・・」
「え まさか迷子

 ぎょっとする新一。
 小学生になったかならないかくらいのその子は、するとやっぱり泣き出してしまった。

 ・・・足にしがみついて離れない。

「お、おいおい・・・まいったなあ」

 小さなその頭を、ゆっくりと撫でた。
 尚も泣き続ける女の子に少し目を伏せる。

「・・・父さんや母さん、すっごく心配してるだろうに」

 小さな子供がこんな所で迷子になるのは大変なことだ。
 ただでさえ日本じゃないから。

 回り中わからない言葉ばかりで、不安で不安でしょうがないのだ。
 だからこそ、こうして自分という日本人と会って日本語を聞いたから、安心して泣き出してしまっている。

「ああもう、こっちが先だな。あいつは取りあえず後だ」
「・・・っ」
「よしよし。お兄ちゃんが一緒に探してやるから。名前は 言えるか
「あや・・・」
「あやちゃんか。可愛い名前だね」

 新一はとびっきりの笑顔を子供に向けた。

 最強な武器となるその表情は、小さな子にも効くようで。
 すぐにその『あやちゃん』は泣きやんだ。

「いい子だ。それじゃどーすっかな・・・迷子センターなんてココあったっけ」
「・・・おにいちゃん」
「ん
「おしっこ・・・」
「え ちょ、ちょっと待った、ちょっと我慢しろよ

 そう言って足にすがりついてきた子供を、新一は速攻抱え上げる。
 右を左を見渡し少しの所にトイレの標識を見つけると、人波をすり抜け目的の場所へと向かった。

 


 

「本当にありがとうございました。なんてお礼を言ったらいいか」
「ええですって。ほな、空港で心当たり当たってみますんで」
「ご迷惑お掛けして本当にすみません」

 ロンドン市内のとある病院。
 男性に見送られ、服部平次はロビーを出た。

 玄関を出てすぐ待っていたタクシーに乗り込む。
 そして、慌てて携帯の電源を入れた。

「今何時や・・・ああもう二十時なるやん あいつら怒っとるやろなあ」

 タクシーの運転手に一言『携帯、すんません』と断ると慣れた番号を押す。
 しかし暫く鳴らしていたが、相手が取る気配がない。

 だから次の番号を押す。
 するとワンコールしないうちに『服部か』という大声。

「・・・あいっかーらず声デカイのー 黒羽」
『のんきに何言ってんだテメエは 何処にいるんだよ
「すまんな。ちょおアクシデントに遭うてタクシーん中や」
『タクシー
「詳しくは戻ってから話すわ。そういや工藤は隣、おらへんのか
『オマエ探しに行ってまだ戻ってこねえよ』
「そーか・・・いや、携帯通じんから」
『え、マジ

 そこまで話すと快斗は携帯を切った。
 突然の終了につい携帯を睨むが、快斗にとっては自分より新一が大事なのだから仕方ない。

 というか今自分が怒れる立場に無い。

「・・・工藤、出んなあ」

 何度かリダイヤルしている平次。しかし一向に出る気配がない。
 さすがに心配になり、空港に着いたのでもう一度快斗に電話を掛けた。

「おう黒羽。工藤、出たか
『出ねえ。お前もう空港
「せや、ほんなら俺このままちょお探すわ」
『俺も探してるから、何かあったら電話よこせ』
「解った」

 どうやら快斗も動き出しているらしい。
 すると、平次はある予感が頭をかすめた。

 ・・・まさか工藤。

 それは根拠のない予感だったけど。
 今まで何度も偶然を重ねてきた彼らだからこその、また感じるそれに。

 平次はある場所へと真っ先に向かって行った。

 


 

「まったく何で探偵サンたちってば、こう厄介な状況を引き起こしてくれるのかなあ」

 快斗は周りを見渡しながら、息を付く。
 新一の携帯が繋がらないから焦っているのだ。

 ・・・平次から連絡が来たと思ったら、今度は新一が行方不明。
 本当に次から次へと問題を起こしてくれる二人だ。

 快斗は息を付いた。

 ・・・誘拐

 こんな異国の地であまり考えたくない事だが、有りえない事ではない。
 あの容姿は全世界共通の芸術だ。

 ・・・危ないおっさんとかに連れ去られてなきゃイイけど。

 歩き回っているうちにだんだんと暑くなってきた。
 天候の影響で離陸が遅れている便が多いせいか、人もまだ多い。

 そろそろ電光掲示板も見に行っとかないと・・・
 そう思っていた時、快斗の携帯が鳴った。

 番号も確かめず出る。

「新一
『すまんなー。俺や』
「なんだ服部か」
『何やその言いぐさ。ええこと教えたろ思っとったのに』
「新一見つかったのか

 開口一番が『新一』だったのはしょうがないだろう。
 それだけ心配していたのが解るから、平次は苦笑しつつ次の言葉を出した。

『おう。変わるで』
『快斗か わり、携帯の電池切れちまって、連絡出来なかったんだ』
「新一・・・」
『服部と急いで戻るから、真ん中の座ってた所で待っててくれ』
「解った。待ってる」

 新一の声が聞こえて安心した快斗。
 彼自身も驚くほどの涙声になってしまい、同時に身体の力も抜けてしまう。

 電話を終えるとつい座り込んだ。

「ったく、良かったホント・・・」

 無事で何より。
 声が聞けて、何より。

 ・・・生きていてくれるなら、それが何よりも一番。
 この世界にいてくれるだけで、それだけで・・・

 快斗は深呼吸。
 震えている身体を起こし、立ち上がる。

 時はもう二十時半。

 うわ。
 久々にキちまったな・・・

 快斗は震えが止まらない自分の手のひらを見つめながら、落ち合う場所へと向かった。

 


 

「工藤。お前ちゃんと黒羽に謝れや
「解ってるって」
「多分、えらい顔色悪い思うし」
「・・・ああ」
「電話に出れんかったホンマの理由は、言わんでええけど」

 ごった返す人間の波。
 窓から見える雪が、もの凄い勢いで硝子に叩きつけている。

 二人はシーティング・エリアへ入ると快斗を探した。

「新一、服部こっち
「あ。おった」
「快斗」

 少しキョロキョロしていると、左前方から快斗の声が聞こえる。
 椅子が並ぶ中ほどで手を振っている彼を見つけた。

「良かった。とりあえず、コレ買っといた」
「あ・・・スタバ」
「のど渇いちゃったし。ちょうど空いてたし」
「黒羽」
「さっさと座ってくんない 苦労して席とっといたんだから」

 突っ立ったままの二人を快斗は座るように促す。
 只でさえ混んでるこの場所で、自分以外の二つの場所を確保するのは大変なのだ。

 ショルダーや買った珈琲などがその役割を果たしていたから、快斗はそれを持ち上げた。
 平次と新一は大人しく腰を下ろす。

「快斗、あのさ」
「そういやさっき出たぜ。二十一時過ぎに搭乗手続き開始だって」
「そおか。ま、とにかく飛ぶんや」
「ひとまず安心だな」
「・・・快斗、ちょっと」

 新一が快斗の腕を掴む。
 何故か、怖い顔をして。


「服部。悪いけど俺らの席とっといてくれ」
「おう」
「な、何だよ

 その行動に、困惑の表情を浮かべる快斗。
 平次を見ると『行ってこいや』と言わんばかりに手を振っている。

「え、新一
「いいから」

 ぐいと引っ張られ連れて行かれたのは、ショップとショップの間にあるスペース。

 そこは簡易的な空間。
 少しだけ、喧騒が遠のいた。

「快斗」
「・・・な、何」
「俺は、ここにいる」
「わかってるよ」
「服部を捜しに行ったら迷子の女の子、拾っちゃってさ・・・両親とはぐれたみたいだから、捜してたんだけどなかなか見つからなくて。取りあえずお前に電話しとこうと思ったら、携帯の電池が切れてた」

 新一は快斗を壁に寄りかからせ、語り始める。
 決して声を大きくはしていない。

 でも、目だけはしっかりと見ていた。

「・・・」
「しかたないから空港の職員を捕まえて電話借りたんだけど、お前話し中だったから、服部の携帯に掛けてみたら繋がった。それで子供のこと話したら・・・驚いた事に、この子供が何故か服部の捜してる子供だった」
「え
「一時間くらい前にな。この空港で倒れた母親の子供だったらしい」

 服部平次は、空港内にあるスターバックスの売り場の列に並んでいた。
 すると、前に並んでいた日本人女性が突然倒れたのだ。

 驚いた平次。
 呼べども返事はないし、無理に揺り動かすのも危険。

 だから店員に救急車を呼んでもらうように頼み、状況説明の為に自分もそのまま病院へ付き添ったのだ。

「幸い大事には至らなくて直ぐ意識を取り戻した。そして、まだ空港に夫と子供がいることを服部は聞いた。だから、電話番号を聞いて連絡して、病院に来てもらうことにした」
「・・・そんな事になってたのか」
「ああ。だけど寸前に子供が大泣きしたらしい。きっと母親がいなくなったのを感じ取ったんだろうな・・・そうしてるうちに母親を呼びながら駆け出してしまった」
「・・・」
「運が悪く人が多過ぎた。小さな子供は、直ぐに視界から消えてしまった。でも、その家族にはもうひと組一緒に旅行に来ていた友達夫婦がいた。そしてその友達夫婦は自分達が捜して病院に連れて行くから、今は早く彼女の元に行ってやれと先に送り出したんだ」

 病院に着いた彼は、妻の無事を確かめて安堵した。
 しかし彼女は子供を捜さずにここへ来たことを怒り、早く空港へ戻るように言った。

 だが顔色は未だ悪く。
 それに医師からの説明があるので来て欲しいと、看護士に言われてしまった。

 そばにいた平次は提案する。
 これから空港に戻るから、自分もその子を捜すと。

 ご迷惑お掛けして本当にすみません。
 そう彼らは言葉にすると、何度も何度も頭を下げたと言う。

「病院を出て直ぐその夫婦に電話をし、事情を説明した。子供はまだ見つかってなかった。見つけたと思ったら、すぐに人混みに紛れてしまうの繰り返しだったらしい」
「その途中で新一が
「ああ。後は服部と一緒に来た夫婦が子供を無事、連れて行ったんだ」
「なら良かった」

 一通り話し終えた新一に、快斗は微笑わらった。
 力無いその表情に新一は目を細める。

「・・・本当に悪かった」
「何で新一が謝んのさ。人助けしたのに」
「お前に・・・こんな思い、させた」
「・・・」
「とにかく俺も服部も、ちゃんといるから」

 新一は目の前の頬に手を添える。

 触れた箇所から伝わる体温。
 快斗は、深く息を付き目を閉じた。

「そうだな。あったかい」
「だろ」
「・・・やっぱ新一は誤魔化せねえな」
「服部も気付いてるけどな」
「マジで
「マジマジ」

 その手に更に触れ、からからと笑う快斗。
 もう震えは伝わってこない。

 新一は、ようやく安心した。

 黒羽快斗は父親を亡くしている。
 数年前に突然、この世からいなくなってしまった。

『死』というものは身近にある。
『二度と会えない』時は、突然にやってくる。

 平次がいなくなり。
 新一までも、連絡が付かなくなった。

 ・・・まさか。
 そう考え始めたら、止まらなかった。

「うーん。俺もまだまだか」
「無理に平気そうにすんな。今夜は一緒にいてやるから」
「マジ
「今日は俺と服部、お前と白馬の部屋割りだったけど・・・この際どーでもいいしな」
「やったー

 その提案で、快斗はすっかり上機嫌。
 ・・・新一は微笑わらった。

「じゃあ戻るか」
「新一」
「ん
「・・・ホントにありがとな」
「おう」

 外は凍てつくほどの寒さだけど。
 この空港内は、汗ばむくらいに熱い。

 ・・・それは身体に感じる気温だけのせいじゃない。

 三人が乗る飛行機は、二十一時過ぎにようやくイタリアへと飛び立った。

 その地では。
 さらにもう一人、仲間が増えることになる。

 


 

「おう白馬。良く眠れたみたいだな」
「おかげさまで」
「・・・どうした服部。不機嫌なツラして」
「別に何もあらへん」

 イタリアに降り立った三人は、先にホテルに来ていた探と合流した。
 夜も更けていたのでチェックインしてすぐに部屋で休もうということになったのだが・・・

 何故か当初の予定と違い、新一は快斗と。
 そして平次が探と同室になってしまった事が、どうやらこの不機嫌の原因だった。

「お前ら俺たちより付き合い長いだろ。そろそろ親交深めたら
「俺らのことは放っとけや」

 逆に話し込み過ぎて睡眠時間が足りない新一と快斗。
 朝食の席で、ずっとあくびを続けている。

 今日はローマ観光。
 空は快晴で、空気も凍てつくほどに澄んでいる。

 新一は二人にオレンジジュースを注いでくると、『爽やかな朝にシケたツラしてんじゃねえ』と目の前に突き出した。

 彼らが最初に向かった先はポンペイ。
 遙かな昔、ヴェスヴィオ火山の裾野の広がる溶岩台地の上に建てられた都市だ。

 現在は発展最盛期の姿を残し、市内部は市壁で囲まれ、その市壁には見張りの塔と門が残っている。

「すっげー アポロ神殿だったんだココ」
「んでこの銅像がアポロ神」
「新一詳しいじゃん・・・って、何持ってんの
「ガイドブック。買ってみた」

 『海への門』から入ると、すぐに見えてくるのがアポロ神殿。
 その殆どは残っていないが、アポロ神の銅像は修復したらしく完全な形に見えた。

 しかし今日は本当に天気が良い。
 遺跡の間から見える青空が、程よい影を落とし綺麗なシルエットを見せていた。

 本当に、 昨日のヒースロー空港での吹雪が夢のようだ。

「へー・・・ コレって、遺跡の『今と昔』が載ってんだ」
「ああ。紀元前の建物がどこまで残ってるのか解る」
「これだけの物を昔の人は手で作ってたんだよな・・・なんか感動」
「だよな」

 新一の持っていたガイドブックは、ここへ入るときに買ったもの。
 ポンペイの『過去と現在』が綴られているそれは、歴史と共に写真が掲載されていて、現時点での風景の上に過去にあったはずの部分がセルに描かれている。

 重ねると昔の姿が浮かび上がる仕組みになっていた。
 こういう単純明快なものが、新一は好きだったりする。

「おや。便利なものを持ってますね」
「白馬」
「工藤君はイタリア初めてでしたっけ
「ずっと来てみたかったんだ。お前は何回かあるんだよな」
「ええ、こういう歴史的建造物は好きなんです。見ていると、時間を忘れて過ごしてしまう」
「そうみたいだな。今日、初めて笑った顔見たぞ」

 少し後ろから話し掛けて来たのは、白馬探。
 快斗が遺跡に気を取られている隙に新一の隣へ並び、手元のガイドブックに視線を落とした。

 穏やかな表情を見せる彼に、少し安堵する。

「・・・気にしてましたか
「いや別に。合う合わないはしょーがねえしな・・・顔合わすのも嫌だってんじゃないだろ
「まさか。それだったらこの旅行も来ませんよ」
「だよな」

 笑いながら新一はページを進める。
 そして『フォーロ広場』という古代都市の公共広場に来ると、その奥に見える山に視線を移した。

 ますます日差しが眩しくて、新一は目を細める。

「ちょお待て工藤、ほれ」
「ん
「お前なあ、目え弱いクセに何でサングラス忘れんねん」
「あ」
「・・・本当に君は工藤君の事になると良く気が付くな」

 急に視界が塞がれ、新一は驚く。
 平次が自分が被っていた帽子を乗せたらしく、ホテルに備え付けのシャンプーの香りが漂ってきた。

 一度外し、被り直す。

「服部は俺より俺に詳しいから」
「ナニソレ、意味深だなあ」
「黒羽はコレや」
「はい
「お前はアホか。なんぼ天気良くたかて風は冷たいっちゅーのに、マフラーなしで鳥肌見せて歩くなや」
「そんなの俺の勝手だろ つうか俺の親かお前

 その会話に、探が吹き出す。
 くっくと身体を折り曲げて笑っている。

 それが快斗には気に入らなかったらしい。
 近付いて自分よりも頭一つ分高い目線を、睨んだ。

「言いたいことあんならハッキリ言ったらどうだ」
「・・・平次は昔から面倒見が良いからな。良かったじゃないか、心配してくれる人がいるってのは幸せなことだ」
「へ
「確かにその格好は見ているこっちも寒くなる。ファッションなのかもしれないが、それで風邪でも引かれたら世話するのは僕達なんだ。気を付けてくれよ」

 快斗はギョッとする。
 何故なら、探の口から『平次』という単語が聞こえたからだ。

 昔からの知り合いだから、もちろん変でも何でもないのだけれど。
 自分が『黒羽君』と苗字の方で呼ばれているせいか、少し意外な感じがした。

 しかも、彼の名を出した時の表情は・・・

「何だ。不器用同士かよ」
「はい
「なあ服部。俺、新一とちょっとあっち見てくっから、こいつ宜しくな」
「え おえコラ待てや

 服部平次と白馬探。
 合わないとか何とか言っているけど、多分、お互い気付いていないだけ。

 性格や価値観とかは随分違うだろうけど。
 でも、肝心な所は認めてる。

「しんいちー
「うわ、なんだ快斗 お前、イキナリ飛びついて来んな
「今更照れちゃって、なーんも話せないんだろーな」
「何の事だ
「新一。あいつらって見てて面白いよな」
「・・・服部と白馬か」
「そ」
「へえ。お前も気付いたか」

 遺跡の写真を撮っていた新一に、背後から飛びついてきた快斗。
 でも、返ってきた台詞に快斗は拍子抜けする。

 ・・・新一の顔を覗くと、綺麗に微笑っていた。

「とっくにお見通しかよ」
「小さい頃からの付き合いとは言え、本当に嫌だったら名前で呼び合わないだろ。まあ気に食わないのも確かだろうけど、心の底では認めてる証拠だ」
「服部が白馬のこと話すの聞いたことなかったし。ほんと驚いた」
「まあこの際、親睦深めてもらおうぜ。って事で、今夜もあいつら同室決定」
「賛成

 平次の帽子を被った新一。
 そして平次のマフラーを巻いた快斗。

 その二人がじゃれ合っている光景を目の前に、会話の内容を知るはずもない取り残された探と平次。

 ・・・互いに顔を見合わせ『やれやれ』と息を付いた。

「なあ。俺、今夜もお前と一緒の気がしてきたんやけど」
「奇遇だな。僕もだ」
「あの二人そろうと最強やからなー」
「それに、君は本当に工藤君に甘い」
「お前かて黒羽に振り回されとるやんか」
「・・・まあしょうがない。彼らがこうした態度をとるのは、僕達に対してだけだからね」
「せやな。それが幸せなのか不幸なのかは、難しいトコやけど」

 工藤新一も黒羽快斗も本当は自分ひとりで何でも出来る。
 でも、あえて自分達の前でだけ、『ぬけて』いる場面を見せてくる。

 それは彼らが気を許している証拠。
 特定の人間にだけ見せる、『甘え』の証拠。

 日本にいたら、こんな天気の良い屋外でこんなに奔放な彼らを見ることは出来ない。

 ・・・何故なら彼らはちょっとした有名人だから。

 唯一『素』に戻れるのは、自分の部屋の中だけ。
 他人の気配がない、その空間だけ。

 更に『他人』という枠から彼らのテリトリーに入ることを許されなければ、この姿すら見ることは出来ない。

 服部平次と白馬探。
 彼らは、そのテリトリーに踏み入る事を許された数少ない存在。

「日本を出ないと彼らはのんびり観光も楽しめない」
「そら、お前も一緒やろ」
「そういう君もね」
「確かに久しぶりや。こんな風に、ゆっくり歩けんのも」
「あれ 黒羽君たちの姿が見えない・・・」
「へ

 少し目を逸らした隙だった。
 どこか建物の中に入ったのか、新一と快斗の姿が視界から消えていたのだ。

 まあ出口はひとつだし、迷うこともあるまい。
 探と快斗は視線を合わせると、自分達のペースで道を進んで行く事にした。

 


 

 白馬探と服部平次は小学校に入った頃に父親を通して対面した。
 何かのパーティで、彼らはそれぞれ警視庁の幹部だった父親に紹介されたのが始まりだった。

 互いの第一印象は『なんとなく気に食わない』。
 父親同士で会う場面になると必ず息子の話になり、互いが結構な息子自慢を始める。

 だから、それを聞かされる度に妙な敵対心が芽生えるのも無理はなかった。

 やがて探は英国へ留学。
 平次は地元の中学、高校へと進んで会う事は少なくなっていた。

 しかし。

 警視総監に就任した探の父と、大阪府警本部長になった平次の父親。
 その間では相変わらず情報が行きかっていて、本人達の意思などお構いなしに互いの状況を知る日々を送っていた。

「なあ探」
「ん
「お前、いつからキッドを追っとるんや」
「いつからと言ってもな・・・留学先で昔の案件を調べてたら、謎の怪盗事件についての資料が残っていてね。興味を引かれたのが中学の終わりくらいだったかな」
「そんな前からか
「怪盗キッドが今世間に現れるまでブランクがあるのは知っているだろう。多分、代替わりをしている・・・昔と今じゃ、微妙に手口が異なるみたいだし」
「ほー」
「高校二年の時に再び現れたキッドを調べ始めて解ったのさ。『僕達に近い』気がすると」
「近い
「思考パターンもその戦術も若い。昔の『キッド』はもっと落ち着きがあって、全く隙がないタイプだったらしいからね」

 一見して今のキッドを馬鹿にしているような物言いだが、これは探の最高の褒め言葉だ。
 『僕達に近い』ということは、『僕らと同様の頭の良さ』を意味する。

 歩いていくうちに、ある建物の中へ。
 どうやら公衆浴場だった場所らしく、奥の方に丸い浴槽があった。

 ・・・天井にぽっかりと開いている穴から、眩しいくらいの日差し。
 探が言葉を出す。

「平次。君は遺跡に興味が
「ん
「結構、気に入ってる風に見えるが」
「そうやな。教科書でしか知らん風景が、こう触れる位置にあるっちゅーんは・・・感動やな」
「ほう」
「人はいつか死ぬ運命やけど、何世紀もの時を経て残っとるもんがあるっちゅーんは、確かに存在してた証やからな」
「確かに。こうして見える空は地球が生まれる前から存在している。何世紀も前の人間が、こうして同じ空を見ていたと思うと・・・・不思議だ」

 二人しかいない空間。
 その静けさに、気恥ずかし過ぎてやってられなくなった平次。

 たまらず、笑い出す。

「・・・何がおかしい」
「いっやー探、お前けっこーロマンチストやったんや」
「君も結構なもんだと思うが」
「会うてから今日まで、こんなに話したん初めてやな」
「会っている時は大抵誰かが一緒に居たしね」
「昨日は俺の顔見た途端、不機嫌なっとったし」
「・・・黒羽君と同室だって聞いてたのに、現れたのが君だったんだから落胆もするさ」
「そんなに黒羽がええんか
「当たり前だ。君じゃ目の保養にならない」
「はあ

 話せば話すほど、考えていた白馬探と違うことが解ってきた平次。

 うーん。
 もしかすっと、こいつごっつオモロイんちゃう

 考えてみれば、あの工藤新一や黒羽快斗と何年も付き合ってきたのだ。
 単なるインテリ野郎だったら彼らもここまで一緒に居まい。

 平次はにやりと笑うと、探の肩をポンと叩いた。

「・・・何だい」
「よっしゃ。今夜は一緒に酒でもどや」
「は そりゃまたどういう心境の変化だ」
「まあまあ、ええやん」
「僕の事は嫌いじゃなかったのか
「お前も俺んこと、そう思っとったやろ」
「別に。君が今まで避けてたんだろう」

 確かにそうだったかもしれない。
 ろくに会話もしないまま、何となく敵対心ばかり増えて。

 相手はライバル心なんてこれっぽっちも持ってなくて、目の前に現れた同い年の『友人』と、ずっと話がしたかったのかもしれない。

 ・・・自分が勝手に相手の『像』を作り上げていた。

「せやな。俺もまだまだや」
「何ひとりで納得してる」
「ハラ減ったなー。あいつら見つけて、ココ出たらメシ食いに行こうや」
「そうだな」

 外は、相変わらずの快晴。
 空気は冷たく、凍てつく程に寒いけど。

 なんだか妙にスッキリと暖かい気分だ。

「あ、いたいた服部、白馬 ったくお前ら急に迷子になるなよな
「どっちが迷子やねん」
「・・・何だ。随分とご機嫌だな」
「そー見えるか
「気色悪いな服部・・・って、白馬も何だか・・・」
「さ、行こうか。もたもたしてたら全部見て回れないからね」
「何なに お前らちょっと変じゃねえ

 外に出ると、順路の先に快斗と新一が見えた。
 こちらに気付いて駆け寄ると、大きな息を付く。

 その時、なんとなく『空気』が変わっている事を快斗は感じ取ったらしい。
 新一もカメラ片手に不思議そうな顔をしていたが、やがて微笑った。

 食わず嫌いは、人間同士にもあるもので。
 ほんのちょっとのキッカケがあれば、知らない部分が見えることがある。

 こんな機会でもなければ、きっと見つけられなかっただろう。

 二十四時間の殆どを共に過ごす『旅行』というイベントは、仲間との会話を通してそれぞれの価値観を知る事が出来る。

 六十億を超える人口の中で、こうして出会える確率は本当にちいさなもの。
 だったら出来るだけ楽しく過ごせる方が良いに決まってる。

 ・・・今この瞬間は、二度とやっては来ないのだから。

 


 

「もう明日帰るのか・・・」
「短かったな」
「お前はまたフランス戻るんか
「ああ。まだ仕事が残ってるんでね」

 現在、朝の八時。
 ホテル二階にある見晴らしの良い食堂で、四人は朝食をとっていた。

 いつの間にやら旅行も今日が最終日。
 探を除く三人は明日、日本への帰路につく。

 見たい所へは行った。
 現在地であるローマは勿論、ナポリに行って地中海も眺めた。

 昨日はフィレンツェまで足を伸ばし、ドゥオモやヴェッキオ宮殿を見て歩いた。

 ・・・映像でしか見たことの無かった風景。
 それらが電波越しではなく、触れる現実として目の前に現れたのには感動を覚えた。

「快斗はどこが気に入った
「何つってもフィレンツェだな。上から見ても下から見ても、みんな感動した」
「俺もや。自分の手で触っとっても、しばらく信じられへんかったで」
「ヨーロッパの街並みが気に入って良かった。じゃあ今度はフランスに来ないか 別荘に招待するよ」
「じゃあ、旅費も込みで頼むぜー」

 要領よく頼み込むのは快斗。
 白馬の家が富豪なのは周知の事実で、更に『白馬探自身』がビジネスで収入を得ている今。

 両親の財産では無いのが解っているから、『おごれよ』という言葉も出す事が出来る。
 勿論、本気ではないが・・・

 探の事だ。
 ここにいる三人は、本気で『ご招待』してくれるだろう。

「いいよ。じゃあ今度のゴールデンウイークあたり、空けといてくれ」

 あっさりと受けてくれる笑顔。
 こんな事も、快斗には解ってたあたり『計画犯』である。

「ラッキー じゃあ今年の連休は決まりだね」
「いいのか
「素直に好意に甘えとけ。こーゆーのは受けたもん勝ちや」
「・・・けど」
「金ってのは使う為にあるんだぜ 白馬は他に使い道がないみたいだし、いいのいいの」
「それは僕が無趣味みたいに聞こえるが気のせいか

 カラカラとした笑い声が響く朝日の中。
 こうして彼らの旅行、最後の一日が始まっていった。

 


 

 海外に遊びに来て、残る楽しみはこれしかない。
 新一たちは二手に分かれショッピングすることにした。

 せっかくのイタリア。せっかくのローマ。
 中心街に行けばブランドショップも建ち並んでいる。

 新一は平次と。そして快斗は探と。
 彼らは十八時にスペイン広場に集合という事に決定。

 こう人が多い時は四人でいるよりも、分かれて行動した方が歩きやすい。

 現在、十一時。
 街そのものが歴史的建造物であるローマの、ここはトレビの泉前である。

「んじゃ、服部頼むぜー 新一のコト」
「心配すんな。絡まれても怪我すんのは相手や」
「白馬。快斗ちょっと目え離すと何処行くか解んねえから、見失うなよ」
「・・・努力します」

 笑いながら手を振り、別れる。
 東京で言うなら銀座の様な感じだろうか

 お昼近くになり混み始めた通りは、まるで歩行者天国の様な賑わいだ。
 新一は二人が視界から見えなくなると、平次に向いた。

「さて。どこ行く
「俺は特に買いモンに興味無いし・・・工藤の荷物持ちでもやったるわ」
「そりゃいい心がけだ」
「ほんじゃー まずコンドッティか ヴィトンもブルガリも並んどるし」
「おう」

 特にブランド好きという訳では無いが、スーツや小物類など、人目に付きやすい箇所は『いいもの』持つ主義な新一。
 『腕時計や靴は良い物を付けなきゃだめよ』と母親がしきりに言っていたから、という訳ではないが・・・

 確かに高いものは、それなりに良くて丈夫だ。

 それに、たいがいこれらのものは『自分に似合って』しまう。
 嫌味でも何でもなく『事実』なのだから、新一も抵抗なく身に付けてきた。

「お前もスーツとか選んだらどうだ 公式の場に最近、出る事が多いし」
「別に着られりゃ何でもええし。つうかわざわざイタリアで買わんでも」
「けどサイズは遙かに揃ってるぜ」
「・・・そりゃまあ」
「俺が選んでやってもいいけど。まあでも、服部は何でも着こなすか」

 振り向きざまの笑顔。
 本当に『ローマの休日』のアン王女ばりの、綺麗な表情。

 場所もここはその舞台となった地。

「まあ工藤の行きたいトコ行こうや。俺はその都度、ぷらっと見るし」
「そうか」

 工藤新一。
 『探偵』という職業を、ここまで有名にしたのは彼の功績によるものが大きい。

 確かに存在はしていたが、現実世界ではそんなに聞く肩書きではなかった。

 それが彼の高校時代から流れが変わった。
 この服部平次や白馬探といった若手探偵と共に、新一は新しい流れを作り上げた。

 それはきっと、工藤新一の持つ『引力』によるもの。

 

「・・・・あれ

 一瞬の事だった。
 目を離した隙に、新一の姿が見えなくなっていた。

 平次は周りを見渡す。

「どっか店に入っちまったんか・・・・」

 ますます多くなる人の波。
 するとその時。

「服部、こっちだ
「工藤
「・・・ったく何でいるんだよ。父さんは
「新ちゃん追い掛けて遊びに来たんだけど、担当さんに飛行機がバレちゃってね。今ホテルで書いてるのよ。だからあたしだけ、遊びにきちゃった
「あ、そ・・・」
「けど服部君だけ いやだわ、例の新ちゃんにそっくりな子と、白馬さんの探くんにも会えると思って楽しみにしてきたのに」
「母さん。あのねえ」

 すると少し離れた場所から新一の声が聞こえた。
 平次はその方向に振り返ると、もうひとり人物。

 新一の母親、工藤有希子だ。

「ゆ・・・有希子さん
「は 有希子さん
「あ、そ、それはやな」
「やあねえ、いいじゃない。あたしが『そう呼んでね』って頼んだのよ」
「母さん
「・・・そ、それより何でこないなトコに」
「新ちゃん達、今日で確か旅行最後だなーって思ってね。ちょっと来ちゃった」
「来ちゃったって・・・」
「いいじゃないの。ご飯もご馳走してあげるから、一緒にショッピングしましょ

 自分の母親に向かっての第一声が『有希子さん』だったのだから、新一は目を見開く。

 実は以前にロンドンの別荘に二週間ほど平次を呼んだ時、初日に有希子が彼に頼み事をしていたのだ。
 それは自分の事を、名前で呼んで欲しいとの事。

 当然平次は困っていたが、三日も過ぎれば慣れてきた。
 しかしさすがに新一の前ではそう呼べず、でも突然の出現にぽろっと口から出てしまった。

 まだ四十を過ぎたばかりの彼女。
 元女優であるその美貌は、ますます輝きを増すばかり。

 ・・・その遺伝子は間違いなく新一に受け継がれているのが、誰にでも解る。

 だからこそ平次も、『おばさん』ではなく『有希子さん』と自然に出てしまった。

 有希子は夫である工藤優作と共に、朝ローマに着いた。
 息子の驚いた顔が見たくて、滞在していたロンドンの別荘から内緒でやってきたのだ。

「服部君ホントに何でも似合うわねー。新ちゃん、容姿はあたしに似て良いんだけど・・・身長は優作に似なかったみたいで、ちょっと残念なの」
「悪かったな。つうか息子に言うか そーゆう事」
「でも工藤は身体のバランスええですよ。有希子さんに似て、顔もちっさくて綺麗やし」
「・・・服部君って女の子が放っとかない筈ね。新ちゃん、こーゆう言い回し、見習いなさい
「はいはい」

 ブルガリ。エルメス。
 さらにはヴィトン。

 そうして有希子は二人を連れ、立ち並ぶブランドショップでの着せ替えを楽しんだ。

 さすがに女性だけあって、センスは二人よりも上。
 それに買い物の時だけは体力も別にあるようで・・・

 あんなに細い身体と細いヒールで歩いている彼女は平気なのに。
 二時間も経つと、新一と平次はすっかり疲れ果ててしまった。

「どーしたの二人とも なんかお疲れね」
「・・・母さん、相変わらずだな」
「でも楽しかったです。うちのオカンは、こーゆうのせえへんし」

 有希子と新一。
 そして平次の三人は街角のレストランで落ち着いていた。

 数時間引っ張り回され、手にもいっぱいの紙袋。
 すでに空腹は限界にきていたようで、彼らは出されたパスタをもの凄いスピードで胃袋に入れていった。

 有希子は、そんな光景に微笑う。

「・・何だよ」
「別に
「あ、そ・・・」
「優作も寂しがってたわよ。けど自業自得よねえこればっかりは」
「少しは量を減らしたら良いんだ。今連載いくつ持ってんだ そのうち倒れるぞ」
「あら。心配してくれてるのね」

 こうしてみると、本当に微笑ましい親子だ。
 平次は何だかんだ言っても仲の良い二人に、少しだけ日本の両親を思い出した。

 それに、ローマの建築物の中でさえ色褪せない存在感は見事で。
 工藤親子はイタリア人の視線さえもその身に集めていた。

 ・・・ホンマに無敵な血筋やな。

 目の保養を楽しみつつ、平次は席を立った。
 ちょっとトイレに行ってくるわと新一に言い残して。

 その後ろ姿に、有希子はまた微笑った。

「ねえねえ新ちゃん。服部君の事、ほんとお気に入りね」
「・・・まあね」
「良かったわ。母さん、ほんっと心配なんだから・・・薬、ちゃんと飲んでるんでしょうね
「飲んでるよ。発作も起きてないから」
「そう なら良いけど」
「母さん」

 フォークを置き、新一は有希子を見る。
 その視線は何かを訴えているのが解ったから、彼女は目を細めた。

「解ってるってば。服部君には言わないわ」
「言ったら本気で怒るからな」
「でも約束は覚えてるわよね 何かあったら・・・あなたをロスに連れて行くって事」
「もう良いだろ。ほら、あいつ戻ってくる」

 新一は有希子の言葉を遮り、視線をパスタに移した。
 平次が戻り、席につく。

 ・・・どこか雰囲気が変わっていることを感じ取る。

「どうかしたんか」
「別に
「あ。ねえねえ服部君、大学での新一ってどうなの この子ったら、何にも教えてくれないから」
「・・・服部。余計なこと言うなよ」
「え、えーと」

 日差しが眩しい。
 窓側のこの席は、程よい光が彼らを照らしている。

 日本じゃ味わえない、ゆるりとした時間。
 平次は、どこか陰を落とした新一の表情が気になりつつも食事を続けた。

 


 

「そんでお前は、いつ日本に戻るわけ
「大学が始まる頃かな。まあキッドが現れれば、すぐ帰るよ」
「そーいや最近出てこねえな。あいつもどっか旅行とか行ってたりしてな」

 新一達と別れてから、快斗と探は真っ先にカフェテリアへ入った。
 そしてケーキやらプリンやら、いくつか注文する。

 どうやら快斗は朝食が物足りなかったらしい。
 あれだけの食料が、一体この細い身体の何処に行ったのだろうかと探は不思議に思う。

 彼はさすがに紅茶だけを頼んでいた。

「あ。んじゃ忘れない内にコレやる」
「・・・チョコレート
「もう時期過ぎてっけど、バレンタインって事で」
「何の嫌がらせだ」
「バレンタインデーってのは本来、友達とか家族に贈り物をする日だろ。有り難く受け取りやがれ」

 窓から暖かい日差しが入り込んでくる絶好の位置。
 そんな状況に満足な表情を浮かべていた快斗は、同じく微笑いながらも冷たい一言を返してくる男を睨んだ。

「そうだったな。では遠慮なく」
「お前は ねえの
「こういうのは強請ねだるものじゃないと思うんだが」

 優雅に紅茶のカップに口を付ける探。
 英国暮らしが長いせいか、こういう風景に難なく溶け込んでいる。

 かくいう快斗も、整った顔立ちとその出で立ちで周囲の視線を集めていた。
 異国の地でも、目立つのには変わりないらしい。

「まあいっけどね。新一や平次にもあげたけど、特に何も受け取ってないし」
「そうなのか
「あいつらに俺はいつも助けてもらってるし・・・その感謝の気持ちって感じ
「・・・へえ」
「けどお前は別にないし。月の半分は海外でろくに会わねえし。だから、何かくれ」

 にっこりと、手のひらを出す快斗。
 探はつい目を丸くする。

 ・・・しかし次に微笑わらった。

「何だよ。その気味悪い笑顔は」
「いや、本当に可愛いな君は」
「おうカワイイさ。今更解り切った事を」
「工藤君たちの仲の良さが羨ましかったんなら、はっきり言えばいいじゃないか」
「なんだそれ。意味わかんねえ」

 くるくると表情の変わる黒羽快斗。

 本当に、本心が読めない。
 普通ならこう言えば、怒るか呆れるかだろうが・・・

 快斗は、ただ薄く微笑わらうだけ。

 探はポケットから懐中時計を取り出すと時間を確かめた。まだ十二時前。
 約束した集合時間までは何時間もある。

「しょうがない。今日は君の言うことをひとつだけ、聞いてやろう」
「へえ、何でも
「何でも」
「じゃあ、これから一緒に俺の買い物に付き合え」
「・・・それは最初からの予定だろう」
「後はおいおいな」

 既に冷めている紅茶。
 快斗は揺れるそれを見つめながら、飲み干す。

 そして笑顔を見せ目を細めた。

 


 

 本当に欲しいものは目に見えない。
 本当に大切なものは、いつだってそばにある。

 ・・・それに気づくか気づかないかで、人生は大きく違う。

「本当にこれで満足なのか
「何でさ。服も土産も買ったし、大満足だ」
「・・・でもまだ」
「さーて何時だ そろそろ待ち合わせ場所に行った方がいいな」

 やがて日が暮れ始めた頃。
 快斗と探は、紙袋をたくさん抱えてとある店内から出てきた。

 風が出てきたらしく、頬に冷たく刺さってくる。

「僕は何も買ってないんだが・・・」
「そうだな。欲しいもんなかったのか
「いや、そうじゃなくて」
「しっかしやっぱ寒みーな。新一達と合流したら、あったかいもん食いに行こう」

 マフラーを結び直し、快斗は肩をすくめる。
 彼は寒さに震えながらも本当に笑顔だったから、探はゆるりと聞いてみた。

 しかし・・・

「・・・」
「白馬。今日は付き合ってくれて、ありがとな」
「黒羽君・・・
「やっぱさー なんかお前といるの楽だわ。そりゃもちろん、新一とか服部と一緒にいるのも居心地が良いんだけど・・・何でだろうな」

 急に神妙な声色になる快斗。
 しっかりと目を見て話しかけてくる彼に、探も目を離せない。

 そして解った。

 見返りが欲しくて、かたちの有るものを贈るのではない。
 『かたちのない想い』をもらうばかりで、どういう形で返せばいいのか解らないから。

 だから、チョコに想いをのせて贈るのだ。

 恋しい人へチョコレートを贈る習慣は、日本くらいのもの。
 欧米では日頃の感謝とお礼を込め、友人や家族間で贈り物をする日。

 それが、バレンタインデー。

 ・・・こんなこと、言葉に出来ないけど。
 でも。

 いつだって、そばにいてくれる事に感謝してる。

 本当に欲しいものは目に見えない。
 本当に大切なものは、いつだってそばにある。

 新一。服部。
 そして、白馬。

 『俺と出会ってくれて、ありがとう』

 六十億を超える人口の中。
 出会える確率なんて、一パーセントにもならないのに。

 ・・・今こうして俺の目の前にいてくれる事が、本当に嬉しいよ。
 そう、思わずにはいられない。

「・・・それは光栄だ。僕も、君に会って人生が楽しくなった」
「何それコクハク
「まあ、せいぜい他の奴に捕まらない様にしてくれ」
「意味不明なこと言ってねーで、ほら行くぞ」

 こういう投げかけに、のらりくらりとかわされるのも、いつもの事。

 秘密を抱えたまま彼はどこまでいくのだろう
 探は夕陽を見つめる。

 ・・・春からは、ほとんど日本にいる事にしているんだけど。

 ま。
 今は内緒にしておこう。

 本当は人一倍、繋がりに敏感な快斗。
 でもそんな事は絶対に口に出さない、綺麗な友人。

 立場が違うからこそ惹かれてやまない存在。

「あれ、工藤君達じゃないか
「ホントだ・・・おーい新一

 コンドッティ通りを歩きながら、二人は見知った姿を見つける。

 日が落ちても人通りは相変わらず。
 それ所か、ますます多くなっている気がした。

 でもそれは、この光景を見れば納得するだろう。
 店のショーウインドウや街頭に明かりが灯り、幻想的な雰囲気を創り出すのは流石にローマと言えるからだ。

 都市は、夜こそ見応えがある。
 見えてきたスペイン広場の手前で確認した、数時間ぶりの顔。

 しかし、何やら神妙な面持ちでこちらに気づいた。

「・・・まさか」
「なんとなーく・・・イヤな予感がするなあ」
「救急車の音も聞こえる。ということは」
「ったくお前ら探偵ってのは、何でこう事件を引き寄せちまうわけ
「まだ事件と決まった訳じゃないだろう」

 だが予感は当たっていて。
 どうやらこれは、いつもの人混みだけのせいではなく。

 人々から漏れる言葉。
 その中に、誰かが倒れたとか刺されたとか言う単語があったから・・・

 彼らは確信するしかなかった。

「やっぱ事件じゃんかよ
「・・・みたいだな」

 東西探偵在るところ事件有り。
 そのジンクスは、ローマでも立証されてしまったのだった。

「おいコラ服部 お前、また性懲りもなく事件引っ張って来やがったな
「何やソレ 俺のせいなん
「工藤君。何があったんですか」
「ああ白馬、それがさ・・・」

 どこにいても、何をしてても彼らを放っておかない『事件コイビト
 それには国境は必要ないらしい。

 そんなこんなで、四人が揃う旅行最終日の夜は。
 トレヴィの泉にコインを投げ込む暇もなく、過ぎていってしまったのだった。

 


 

 帰る日の朝。
 支度を終えた新一と平次は、ホテルのロビーで珈琲を飲んでいた。

 そこに快斗がやってくる。

「ん 白馬はどうした」
「朝早く電話来て、先に帰っちまいやがった」
「へ
「『宜しく言っておいてくれ』ってさ。まったく忙しいヤツだよなあ」

 来るときよりも遥かに大荷物になっている快斗は、『よいしょ』と背負っていたバックパックを降ろす。
 そしてチェックアウトを済ませると、サービスで置いてある珈琲ポットから自分の分を注いで新一の隣に座った。

「そりゃ大変だったな」
「朝の五時に起こされちまった。お陰で二度寝。飛び起きたよ」
「ほー。何が起こったんかな」
「さあねえ、血相変えて出てったけど。あ、んでコレ新一に渡しておいてくれって言われた」
「何だ
「知らね。中は見てないから」

 小さな包みを新一に渡す。
 中を確かめようとしたが、フロントから呼んでおいたタクシーが来たとの知らせを受けた。

 だからそのままポケットに入れ、彼らは荷物を抱える。

 これからフィウミチーノ国際空港へ向かう。
 帰りは疲れもあるから、来た時の様に乗り継ぎはしないことにしていた。

 お昼過ぎに出発し、日本へは翌日の朝着く。
 今回ヒースロー空港でかなりのロスを受けたから、『正解だったな』と新一は思った。

「さて。とりあえず空港行って、荷物預けちまってから朝飯食おうぜ」
「賛成 もー腹減ったよ」
「お前は年中そう言っとるな・・・」

 楽しかった時間は、光の如く過ぎるもの。
 でも。

 過ごした想い出は、色褪せることなく残る。

「・・・もう終わっちまうのか」

 他の二人には聞こえないくらい小さな声。
 新一は少し表情を曇らせ、呟き外へ出た。

 本当に。

 ローマへ着いてからはずっと晴天が続いて。
 あのヒースロー空港での豪雪が夢の様に思えた・・・

「どないした工藤」
「新一
「いや、何でもない」

 そのかげりの意味は何なのか。
 平次も快斗も何気なく聞いてはみるが、案の定やんわりとかわされる。

 ・・・言うべき時が来たら話してくれるだろう。

 そう解っているから、二人はそれ以上聞く事はなかった。

 


 

「乗っちゃったなあ」
「乗ったな」
「ホンマにうるさいで黒羽。さっきからなんぼゆーたら気が済むんじゃ」

 離陸の時は近付く。
 快斗は大きな溜息を付き、隣の新一の肩に頭を乗せた。

 帰りの便も空いている。
 行きより更に乗客が少ないから、シートベルト着用サインが消えたら速攻で席を移ろうと平次は狙いを定めていた。

 今は指定通り、二人がけの席の窓側に新一。
 通路側に快斗。

 その後ろに、平次がひとりで座っていた。

「るっせえなー。それより何だよ獲物捕まえそうな目えして・・・となり来ないみたいだし、そのまま両方使えばいいだろ」
「こんなトコで寝られるわけ無いやろ 見いや、真ん中の四人席、ガラガラなんや、移らなソンや」
「だな。俺も後であっち狙うぞ」
「ええ 新一まで
「さすがに身体が疲れてるから、映画なんて見ねえで寝る。快斗も寝とけ」
「つまんねーのー」

 ふてくされる快斗。
 でも、やはり異国の地での数日間は身体に少なからず疲労を残していて。

 頭はスッキリ起きてるのだが、身体は逆に重かった。

「・・・おえ工藤」
「何だ」
「ちょお触るで」
「へ

 急に後ろ側から手が伸びてきて、額に体温を感じる。
 新一は驚いて目を見開いた。

「服部 誰の許可受けて新一に触ってんだ
「何でお前の許しがいるんや。やっぱ熱、あるやんか」
「・・・三十八度は越してねえから大丈夫だ」
「アホか。朝からこんだけあったら十分や」

 その言葉に横で更に驚く快斗に、新一は力なく笑う。
 次に視線を平次に移し、『気付いてもバラすんじゃねえよ』と言わんばかりに睨んだ。

 ・・・新一は冬によく熱を出す様になった。

 それは例の事件の後遺症なのか。
 彼自身は、何も語ってはくれない。

 更にひとり暮らしをしているから、毎日会っている訳でもない。
 それでも月に何度か顔を合わせる平次は、『今日も具合悪そやな』と感じる日が多い。

 彼は『東の名探偵』
 その演技力はずば抜けていて、普通なら立っていられない高熱時でも、それを他人に悟らせる様な表情は見せない。

 しかし。

 心配させたくなくて、最後まで気を張っていたつもりの新一。
 だが席に座って安堵したのか表情に出てしまった。

 油断したなと思いつつ快斗を向くと、案の定怒っている。

「マジで微熱だから、気にすんな」
「何で平気そうな顔するんだ 具合悪いんだったら、言ってくれよ」
「・・・そーやって心配するだろ。そしたらお前、寝ないで俺の世話しかねないし」
「するよ。当然」
「しなくていい、寝ろ」

 予想してた通りの反応に、平次は息を付く。

 そう。
 快斗は『新一第一主義』だ。

 だから誰よりも。
 何よりも先に。

 工藤新一の状態に気付くはず・・・

「黒羽。アテンダントのねーちゃんも居るんやし、工藤ん事は言うとくとして、俺らは眠たかったら寝ようや」
「あっれー 服部ってそーゆーヤツなんだ。ひっでーな。もし何かあったらどーすんだ」
「せやからな」
「・・・快斗。お前がゆっくりしてくれてた方が俺も安心だ。服部の言う通り、自分でダメだと思ったら言うから」

 その時、シートベルト着用ランプが点灯する。
 新一は自分のベルトに手を掛けると、ポケットから『かさり』という音がした。

「あれ、そういや」

 新一は朝に、快斗から何か受け取ったのを思い出す。
 確か白馬からだと言っていたな・・・

 そう思い返しながら、包みを開いた。
 すると。

「これ・・・解熱剤

 そう。
 十錠ほどの錠剤が、その中には入っていた。

 ・・・メモが同封されている。

『工藤君へ

 これは白馬の薬剤研究所が開発した新しい解熱剤です。
 昨日、具合が良くないように見えたのは気のせいでしょうか。

 今朝になって熱が引いていればいいのですが。

 そうでなくとも、最近は顔色も良くないと聞いてます。
 黒羽君の世話も大変だと思いますが、気をつけて。

 彼も平気そうにしている君を心配しています。

 挨拶もせずにすみません。
 急用が入ったもので、先に失礼します。また、日本で。

白馬探』

 

「・・・え」

 中の一文に新一は目を留める。
 そして、ゆっくりと隣の快斗に向いた。

「快斗、お前知って・・・」
「・・・いくら演技してたって手のひらは正直だぜ

 俺が新一の体調に気付かない訳ないだろ
 ・・・そういう目をして、彼は微笑わらっていた。

 


 

 見ているだけでは解らない。
 でも、その身体に一度でも触れれば体温が伝わってくる。

 時折漏れる熱い息も。
 ふと触ったときの、火傷しそうなほど熱い手のひらも。

 ・・・結局は、テリトリーに入る事を許された人間にしか解らない事なんだけど。

「新一・・・もう寝た
「みたいやな」
「良かった。白馬の薬も効いてきたみたいだし」
「・・・それより黒羽。お前、なにやらかして来たんや」
「は
「探が血相変えて帰るなんてキッドの事しかないやろが」
「やだなあ、それと俺が何の関係があるってのさ」

 離陸して、数時間。
 久々に『怪盗キッド』のニュースを聞かされるのは、もうちょっと後の事。

 機内の殆どの人が眠りの中。
 それは、だんだんと伝染していくようで・・・

 ・・・やがて二人も、押し寄せる睡魔に耐えきれず目を閉じた。

 

[了]

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